作曲家/音響空間作家 及川潤耶

「詩的で先駆的な世界観を奏でる」【前編】

Part.1of 2

クリエイティブの未来を担うのは、きっと、クリエイターの心を揺さぶるクリエイター――。
シリーズ「次代を創るプロフェッショナル」では、クリエイティブの世界でひときわ強い存在感を放つ、いま注目のつくり手たちをご紹介します。

今回ご登場いただくのは、作曲家・音響空間作家として欧州で注目される及川潤耶さん。
本企画では、音を用いて独自の空間・時間感覚をつくり出す及川さんの魅力を、前後編に分けてご紹介します。
前編では、幼少期から渡独するまでの音の経験や、音楽のルーツについてお話を伺いました。

及川潤耶のバックグランド

(c) Serge Le Goff

自然と音への興味が今の自分を生んだ

――幼少期はどのような環境で過ごしていたんですか?
日常に自然と音楽がある環境で育ちました。3歳から週1でピアノを習いつつ、釣りをしたり、鉱石や化石を集めたり、バスケをやってみたり、音楽一色ではなく体を使うことも好きにやっていたと思います。
地元の森や、祖父母の家の近くにあった竹林や海辺で風や木々のざわめきを感じていました。例えば竹林では外側と内側で音の聞こえ方が違っていて、外側では音が塊のように感じられました。それに対して内側では、サラウンド音響のような音の動きや定位――位置関係におもしろさを感じていました。そこでは風に揺れる竹の茎や葉が触れ合う、ダイナミックかつ繊細な音環境があって、風が静まる一瞬で静寂に包まれる環境の変化には、背筋がぞくっとしたことを覚えています。

(c) Junya Oikawa

(c) Junya Oikawa

――ほかに印象に残っている景色はありますか?
8歳くらいですかね、よく遊んでいた地元の森の中に沼へ続く洞窟があって、一人で暗闇の環境でささやき声を出していました。精霊が現れないかとか、自分の体が浮かばないかとか、日常では起こらないファンタジーを期待していて……“儀式遊び”のようでした。暗闇と、その中を移動する自分の身体感覚や気配が印象に残っています。

――自然の空間の響きや自分の声に興味があったんですね。
そうですね、他にはコロコロ・カチカチ・ゴリゴリといった触覚的な音や、残響にも興味を持っていました。小学生の頃に、小石が波で削られる音を聞いていたり、ビー玉を何個か握ってこすれる音を出したりしたのを覚えています。“音遊び”では、例えば海や山にたたずんだときには風やまわりの音の変化に周期を感じていたので、「次は弱くなるか強くなるか」など、五感を使って予想していました。
同じく小学生の頃、ピアノのレッスンで「宇宙の音」のイメージについて質問を受けたとき、(鍵盤に触れないまま)ダンパーペダルを踏んでグランドピアノをノックしたことがあって。そうすると響きを止める板が離れて、アタックの残響がピアノの中に残る、という特殊な効果が得られるんです。ピアノの楽音だけではなく、音の高さがない噪音(そうおん)にも興味を持っていたことを覚えています。

――当時から身体感覚と音を結びつけて探求していたんでしょうか?
音の体験は身体運動と連動していて、偶然とも、探求していたともいえると思います。小さい頃の感覚は今に通じていて、体が移動する間の時間感覚や、手足などで感じたものの触覚を音で表現することもあります。あと、洞窟での体験のように、目に見えない存在や体への気配を表現に生かして、創造性に結びつけることもあります。
小さい頃は興味本位で音を捉えていて、なんていうか、今はそれを状況や印象に合わせてアレンジする知恵がついた、という感じです。

音楽を、もっと広く知りたい

(c) Caroline Campeau

――中学、高校ではどのように音楽と関わりましたか?
中学のときはロックやメタルが好きで、バンドでエレキギターを始めました。高校の頃はライブハウスで演奏活動をするようになって、その縁でたくさんのバンドマンと会って刺激を受けました。仙台で活動しているバンドのサポートギターとしてレコーディングツアーに参加したりと、バンド活動に明け暮れる日々でした。

――音楽で食べていこうと、音大進学を決めたのですか?
バンドをしていた頃はそう考えていたんですけど、音大に進学したきっかけは「音楽をもっと広く知りたい」という学びの欲求でした。大学で音楽を歴史的・学術的に学んでいくなかで、「音響に対して芸術的な側面から、新しい価値をつくれないかな」と。突き詰めれば新しい形の“音のクリエイター・アーティスト像”が見えるかもと思いましたね。
音大時代は毎日が音楽漬けで、あっという間の4年間でした。洗足学園音楽大学の音楽・音響デザインコースは、音楽のジャンルは何でもありの学部でした。クラシックや現代音楽、プログラミング、ポップスなどさまざまな領域をひと通り学んでいきながら、僕は電子音響の作曲を専門にしていました。とにかく技術や知識を得ることに時間を費やしていて、それが楽しかったです。

及川潤耶がつくる“新しい価値”

音楽そのものを、再定義する必要があった

(c) Kumiko Kato

――芸術的な側面から新しい価値をつくる、とは?
当時、作品制作を通じて自分にとっての“音楽”そのものを再定義しなければならないな、という思いに駆られました。一般的な音楽にはメロディーがあり、それを僕たちは意識して聞いていますが、そのバックグランドのリズムやハーモニーには楽曲の作風・印象をつくり出す働きがあります。ここに着目して、環境や空間の変化を通じて人の時間や意識の体験をつくれたら、これまでの一般的な音楽の聞き方よりも、抽象度が高い「意識の構造」が表現できるのではと考えました。さらに異なる音楽ジャンルの融合だけではなくて、電子音という、非物質的で視覚を用いる必要がない時間・空間体験に対する興味も含まれていたんです。

例えば“空間表現”は新しい価値をつくることに当てはまっていて。それまで「音楽の音響表現」といえば作曲された楽曲の音響ミックスを想定していました。ですが授業でフランスのミュージック・コンクレートという、録音した音を機械で処理して変化、合成させてひとつの「音楽作品」にする技法を知り、音響ミックスはステレオの音響補正ではなくそれ自体が時間の構成物、つまり作曲の技法になることに気づきました。物音や環境音を扱う実験的な音の追究をしていたミュージック・コンクレートは最初は衝撃的で、聴き方がさっぱり分かりませんでした。

――それが空間表現に?
そうですね、畳一枚のような小さな空間を感じる音響から、ホールのような広い響きに変わることでひとつの音響空間による展開が生まれます。「音の定位が空間の中で漸次変わっていくこと自体が、すでに時を構造しているんだな」と。
後になって空間ごとアートにしてしまうような「インスタレーション」を知って、この表現はまさに現代的な音楽環境に応用できると感じましたね。

(c) Junya Oikawa

――新しい価値を模索すると、新しいアーティスト像につながるんでしょうか?
“新しい音のアーティスト像”というのは、そうですね、制作の発想とか作品が音楽の中だけではなくて、その外に根ざす可能性を感じたときに見えると思います。
音の表現には理論や感覚や精神の関係性が不可分なものなので、音楽の範囲外の、音そのものから触発されて精神や概念が深まることも多くあります。例えばメロディーや和音が含まれない“音響による音楽”を展開する方法として、風や虫・鳥の声、それらの抑揚、周期などからヒントを得て、そのまま技法として当てはめるということがあります。
音は常に記憶から過ぎ去っていくので、イメージや音の探求をしている間は、色々な感覚や情動がごちゃまぜになっていて……。そのカオスの中から、秩序を見つけて作品にしていっています。

(c) Junya Oikawa

概念から音楽を構造するということ

(c) Yoshiya Hirayama

――カオスから秩序を見つけた「これだ!」という作品はありますか?
「Arc」という音大1年のときに制作したデジタル音楽があります。「概念から音楽を構造するってこういうことか……!」と納得のいく作品でした。アカデミックな領域を追究しようかどうかという時期です。表面的にはミニマル的でポップ感がある作風ですが、その背景には独自の発想があるんです。

――聴いてみると、ハンドクラップで始まり、いくつもの音が広がって収束していくなかで不思議な安定感があります。
エレキギターの7つの音のフレーズ(A G Fis G E Fis D)をある秩序によって分解して、6通りのハンドクラップのリズムとアクセントを導き出して、かつ同じ7つの音によってハーモニーを構成しています。分解する前の7つの音のフレーズは中盤から入っていて、この場所から独自の方法で楽曲の骨格ができています。それを修飾するように物を叩いた音も入れています。楽譜以外では、電子音を図形で表したり、サウンドファイルの波形を見て全体の構造を把握することもあります。

作家提供

「ARC」中盤のスコア。Electric Guiter 1が「分解する前の7つの音のフレーズ」を奏でます。

「ARC」 2003年

及川潤耶の世界

音楽の枠ではないのかもしれない

(c) Junya Oikawa

(c) Junya Oikawa

――音大卒業後、東京藝術大大学院の美術研究科に進学されました。なぜ“美術”なのでしょうか?
音大時代から制作をするなかで、「これは音楽の枠ではないのかも」と思うようになりました。概念的な部分が深まってきていて、すべての枠にとらわれない環境で自分の音を追究したかったですし、藝大でどんな人に出会い刺激を受けられるのか、期待も感じていました。
音大時代、ミュージック・コンクレートに出会って、小さい頃自然の中で音を聞いていたようにプリミティブな感覚で制作ができることで、自分の音のルーツが歴史的文脈のなかで肯定されて、それまでより一歩前進できた気がしました。昔やっていた音のイメージ遊びが、特別なことではなかったんだなと。自分自身が深まるって、「新しいことを取り入れるだけじゃなくて、それまでの経験を再解釈することなんだ」と思えるきっかけでした。

――院在学中、記憶に残るような体験はありましたか?
大学院の先端芸術表現科では写真やドローイングなど、自分の専門外の分野を経験しましたが、特に身体表現の演習をよく覚えています。山梨県でキャンプをして、自然の中で脱力して他人に体を任せるエクササイズや目隠しでの歩行を行いました。感覚が研ぎ澄まされて自分という“個”がなくなり、環境の一部として同化したように感じました。
この体験で、理論や技術、言葉に傾倒しそうになっていた癖が抜けて、頭が柔らかくなったように思いました。感覚的に物事を受け入れる、初心に戻れた気がします。先端芸術表現科は茨城県取手市にあって、都心から離れた環境で何でもできるような自由さがあったと思います。修論の中間審査では敷地内の竹林を伐採して野外に展示環境をつくったこともありました。

芸術に価値を見出す風土が、自分を迎えてくれた

(c) Junya Oikawa

(c) Junya Oikawa

――大学院修了後、活動拠点をドイツに移したきっかけは何だったのでしょうか?
院在学中に「ZKM」という、ドイツにある世界的な芸術メディアセンターに、客員芸術家として招かれることになったからです。「Labile lip」「Parhelion」「Plastic Recollections」シリーズなど、声や物音を加工した電子音響作品が評価されたんだと思います。

同時期に東京都現代美術館の展示会への参加もあって、そのまま日本で活動しようかとも考えたのですが、音だけを扱う芸術家って前例が多くないので、しばらくは海外でキャリアを積もうと考えました。

Labile lip – Water Whisper」 2013年

――ドイツに渡って、どのような良さを感じましたか?
やはり社会全体で、芸術や芸術家に対して大きなリスペクトを持っている点です。芸術家のための社会保障は税金で賄われていますし、芸術を支援するという環境そのものがドイツの文化になっていると思います。あとは地理的にヨーロッパ全体での活動を視野に入れられることでしょうか。
海外のさまざまなフェスティバルやコンペに出演してきましたが、お客さんの反応は地域ごとに違っていて、例えばドイツでは芸術は教養を得るための娯楽に近いと思います。彼らは新しい何かを発見するための精神的負担や忍耐を惜しまない傾向があって、どちらかというと唯物的な人たちなのに、抽象的な発想を根気よく理解しようとしてくれる意欲がある。それはうれしいですね。

(c) Junya Oikawa

(c) Junya Oikawa

――逆に戸惑いはあったのでしょうか。
僕の場合、作品によっては音楽活動ではなくなることもあるので、自分が何者なのか、一言でどう名乗るかということで少し困りました。「サウンドアーティスト」は、ドイツでは音響PAのオペレータを指すこともあるので。

――「サウンドアーティスト」としての活躍を目指していた、ということでしょうか?
はじめから“音のアーティスト”という領域を知って目指してたわけではなくて、自然とその方向に変化していったんだと思います。僕の場合は、伝統的な音楽やバンド、芸術表現、幼少期の音遊びを含めた体験から、クリエイティブ・アーティスティックな行為が形づくられています。今でも、追究の日々です。

――ありがとうございました。

後編につづく。

メインイメージ:(c) Kumiko Kato
本文中の楽曲音源 / スコア:作家提供

    UPDATE:
    次代を創るプロフェッショナル
    作曲家/音響空間作家
    及川潤耶

    及川 潤耶 Junya Oikawa

    及川潤耶(おいかわ・じゅんや)
    作曲家/音響空間作家
    洗足学園音楽大学 音楽・音響デザイン作曲専攻卒業、東京藝術大学大学院美術研究科 先端芸術表現専攻修了。
    1983 年仙台市出身、ドイツ在住。 2011 年より世界最大のメディア芸術センター「ZKM」の客員芸術家として渡独。ロック、クラシック、サウンドアートなどの多彩な音楽・音響表現を軸に、 サウンドインスタレーションや立体音響ライブ、サウンド空間デザインなど「音の芸術」に特化した活動を各国で展開。第 1 回東京アートミーティングでは「映像の様な音響体験」と評され話題を呼んだ。
    フランス最大の電子音楽賞「Qwartz Electronic Music Awards 9」にて最高賞を受賞 (2013 年)。これまでに、フランス最大のデジタルアートビエンナーレ「BAINS NUMÉRIQUES」(2014 年/2016 年)、ポルトガル最大のデジタルサウンドフェスティバル「SEMIBREVE FESTIVAL」(2016 年)、南ドイツ最大の教会音楽祭「Festival Europaeische Kirchenmusik」(2012 年)など、様々な大型アートフェスティバルや展覧会、コンサートに世界 14 カ国で招待されている。
    その他、ANA 機内誌「翼の王国」(2011 年)、「サウンド&レコーディング・マガジン」(2016年)掲載、ライブストリーミングTV DOMMUNE(2014年)、カナダ 国営放送(CBC NEWS、2014 年)、フランス国営放送(2013 年/2014 年)などメディアにも出演。原美術館「ニコラ ビュフ:ポリフィーロの夢」の空間サウンドデザイン(2014 年)やドイツ IOSONO 社のシステムを扱った新作委嘱コンサート(2015 年)、パリ日本文化会館における講演会(2016 年)など、芸術文化・教育機関や企業との提携事業も手がけている。