フォトグラファー ヨシダナギ

少数民族に宿るクリエイティビティに惹かれて【後編】

Part.2of 2

クリエイティブの未来を担うのは、きっと、クリエイターの心を揺さぶるクリエイター――。
シリーズ「次代を創るプロフェッショナル」では、クリエイティブの世界でひときわ強い存在感を放つ、いま注目のつくり手たちをご紹介します。

記念すべき初回にご登場いただくのはアフリカ少数民族の姿をカメラに収め続ける話題のフォトグラファー、ヨシダナギさん。
本企画では彼女の魅力を前後編の2回に分け、たっぷりとご紹介します。

後編では、ヨシダさんが抱く少数民族への思いや、これからの取り組みについて伺いました。

ヨシダナギが思うアフリカの魅力

エアコンから飛び出してきたのは、イグアナだった

――アフリカではいろいろと刺激的な体験をされたと思うんですが、印象に残っているびっくりエピソードはありますか?
現地ではホテルに滞在するんですが、部屋のエアコンからイグアナが出てきたことがありましたね。使われていなかったから、すみかにしてたんだと思います。
電源を入れたら最初に赤土が吹き出して、その直後にガガガガガって音がして。爆発するんじゃないかと思ってホテルのスタッフと「逃げるぞ!」なんて言ってたんですけど、突然エアコンから20cmくらいのイグアナが「バッ!」と出てきたんです。
びっくりしましたけど、「これがアフリカだ」と言われたので、「だろうな」って思いました(笑)。日本でそのサイズのイグアナを売ったら、そこそこの金額になりそうですよね。

「肩の力を抜けよ」と、アフリカ人に教わった

――実際に接してみて、アフリカ人のどんなところに魅力を感じましたか?
オープンなところですね。私は人との出会いって身構えちゃうんですけど、彼らは私が構える間もなくこっちのテリトリーに入ってくるんですよ。もちろんウザったいと感じるときもあるんですけど、「ウザい」と言っても嫌われないんです。彼らが仲良くしたいとさえ思ってくれていれば、そんなのお構いなしに寄って来てくれますね。
それと、愛情が深いです。家族にしても友だちにしても、愛情表現が豊か。出会ったばかりなのに私を娘のようにかわいがってくれたお母さんがいたんですが、その人は帰り際に泣いてくれて、すごく愛情が伝わってきました。ハグされたときも挨拶のハグじゃなくて、本当の娘のように抱きしめてくれたんです。アフリカ人のそういう感じは、すごくいいなって思います。

――そもそも日本にはスキンシップする文化がないですもんね。
そうなんです。日本人はキスもハグもしない。そのことをアフリカ人に伝えたら、「あなたはどうやって母から愛情を受けてきたの?」「どうやって親の愛を知るの?」と言われて、「ほんとだよな」って思いました。
あとは彼らのマインドも魅力ですね。教科書に載っていないことをたくさん知っているんです。お勉強的な意味で知識があるのとは違うんですけど、日々を楽しく過ごすための知恵とか工夫とか、そういうのがすごい。
あるアフリカの国に行った時、つまんなかったんですよ、何もなくて。「なんでこの国に来ちゃっただろう」と思いました。
でも現地のガイドに言われたんです。「この何もない場所で僕たちは生まれ育ったんだよ」「何もない場所でいかに自分が楽しいと思えることを見つけるか、それが生活を豊かにする秘訣なんだよ」って。それを聞いたとき、自分の考えが恥ずかしくなって、何もない状況を楽しむことに目を向けるようになりました。
自分の考えすぎる感覚を捨てられたというか、力を抜く方法を教えてもらいましたね。

――「肩の力抜けよ」と教えてくれたんですね。
はい。「そんなに頑張ってどうすんの?」って言われて。「悩んでるんだったら、とりあえず悩むのやめたら?」みたいな。考え方がすごくシンプルなんですよ。日本の学校でもそういうことを教えてくれたらいいのになって思います。
私がアフリカで開放的になれたのも、受け入れてくれそうな安心感が彼らにあったからだと思います。動物的感覚の直感で、私が勝手にそう思ってただけなんですけどね(笑)。でもその思い込みは正解でした。

ヨシダナギが見た本当のアフリカ

「私たちは幸せだ」、そう伝えてほしいと頼まれた

――世界にはまだまだアフリカに対してネガティブなイメージを持っている人が多いと伺いましたが、ヨシダさんから見た本当のアフリカはどんなところですか?
多くの人が思っているほど「暗い」とか「悪いところが多い」とか、そういう国ではないと思います。もちろん日本のような先進国と比べれば整っていない部分も多いし、何かと偏っていたりするのは事実です。
でも、私たちにないものを持っているとは思います。先ほどお話した「肩の力抜けよ」というのがその代表ですけど、何かこう、考えさせられるようなものを持っているんです。そういうマインド的な意味では、ある意味裕福な国々だと思いますね。

――実際、当事者であるアフリカ人たちはどう思っているんでしょうか?
実は彼らも知っているんです。世界中の人々から「アフリカは危ない場所、貧しい場所だ」と思われていることを。けれど本人たちはそう感じてはいません。多くの人たちが思う悲壮感みたいなものって、彼らにはそんなにないんですよ。「同情してくれなくていい」と思っているというか。
私が会ったアフリカ人女性からは、「もしあなたにできるなら、私たちが普通に家族と幸せに暮らしていることを世界に伝えてほしい」と言われました。

少数民族であることの“誇り”を持ってほしい

――とはいえ、やはり先進国と比較すると教育が足りなかったり貧困があったりすると思うんですけど、その点はどう思われますか?
都市部で生活するなら教育は必要だと思いますが、そもそも勉強する必要がない暮らしをしている少数民族の子どもたちもいますよね。そういう生活環境なら、勉強するのが一番いいことだとは思わないです。
ただ、子どもに対する教育とはちょっと違いますが、裸族に対する教育という観点でいえば、最近の政府の考え方はちょっと違うかなと。

――それはどんな教育なんですか?
「お前たち裸族がいると国のイメージが悪くなる、金がない国だと思われる」「お前たちの文化は情けない、恥ずかしいから服を着ろ」っていう教えです。この動きはアフリカの何カ国かで起きていて、それが原因で裸族が服を着始めているんです。
そういう教えを受けていると、自分たちの文化に誇りが持てなくなっちゃうんですよ。もともと裸族だった彼らにスリ族の写真を見せて「かっこいいでしょ? だからあなたたちも負けないくらいのポージングで頼むね」って言っても、見下すんです。「うわ、こいつら服着てねえ、やべえ!」みたいな。「お前らも着てなかっただろ」って思うんですけど、彼らはもう服を着ていないこととお金がないことがイコールになってるから、文化を捨てちゃってるんです。
間違った教えで文化を捨てたり、けなしたりするのは違うと思います。

――少数民族が自分たちの文化に誇りを持つようになる、そのための取り組みはされないんですか?
そこまで壮大なことは考えていませんが、自分が撮影させてもらった民族に、時間をかけてでももう一度会いに行きたいとは思ってます。会いに行って、写真を届けて、日本での評判や彼らのかっこよさを伝えるようにしてます。「こんなにかっこいいんだから、できるだけこのままでいてね」って。
すぐに会いに行くのが難しいこともあるんですけど、戻ったときは必ずそういうことを伝えてます。

――マサイ族のように自分たちの文化を観光ビジネスにしている民族についてはどう思いますか?
ぜんぜん構わないです。自分たちの文化をちゃんと理解して、誇りを持っていなければ観光にもできないじゃないですか。だからマサイ族って本当に利口だと思うんです。いいビジネスモデルにもなりますし。
グローバル化の流れで、いずれ少数民族はいなくなっちゃうと思うんです。だったら賢く自分たちの伝統をお金にすることも大切なんじゃないかなと。たしかにリアルな少数民族ではなくなっちゃうんですけど、それはそれで文化が後世に伝わっていくし、お金にもなるから彼らの生活水準が上がるかもしれないですし。

――リアルな少数民族のままでいてほしいとは思わないんですか?
それはもちろん、変わらないでいてほしいという気持ちがないわけじゃないんですけど、それは私のエゴでしかないです。彼らが生活水準の向上を望むなら、そうなったほうがいいと思います。彼らのことが好きですし、尊敬しているので。その反面、廃れるものがあるのも当然だろうなと思います。
さっきも「いつか少数民族はいなくなる」と言いましたけど、だからこそ今の私にできるのは、彼らの現状を写真に収めることだと思うんです。彼らには、自分たちの文化が素晴らしいものだということを理解してほしいですね。

ヨシダナギのこれから

アフリカ人が、平和に暮らせるように

――アフリカ人が自力で生計を立てる仕組みをつくりたいそうですが、どんなきっかけでそう思ったんですか?
きっかけは、カオハガン島というフィリピンの無人島の存在ですね。日本人の老夫婦が島を買い取って宿を営んでいるんですけど、無料で人が住めるようになってるんです。奥さんが教えるキルトを村のみんなでつくって、それを日本で売って、持ち帰ったお金が住民の学費や生活費、医療費に回されています。
その代わりに、秩序を守ってみんなで平和に仲良く暮らさなきゃいけないルールがあるんですけど、経済格差がないからみんな擦れていないんです。

――貧しい暮らしが当たり前だった人たちからすれば、いい生活ができるわけですね。
そうなんです。だから年々人が増えているんですが、この村では事件が起こらないんですよ。その村から大学にまで上がった子もいると知って、すごくいいなと思ったんです。
たぶん、何の教育も受けなかった子たちのためにただ学校をつくるだけではダメなんですよね。親が教育を受けていなければ結局学校を辞めちゃったり、「辛いときは人のものを盗めばいい」なんてことを教えたりしてしまうので。この村みたいに、全体から変えてあげなくちゃいけない。
もしもアフリカでこういう仕組みをつくれたら、貧困地域で苦しんでいるストリートチルドレンも貧しい思いをせずに済むんじゃないかなと思うんです。少数民族の話ではないんですけど、奪い合ったりすることが当たり前になっている人たちに譲り合いの精神が生まれたら、もっと平和になるのにと思ってます。

――そうした取り組みも視野に入れているんですか?
私だけではとてもじゃないけれど無理なので、機会があるなら、ですね。誰かが力を貸してくれることがあれば、挑戦してみたいと思っています。

まだ見ぬ少数民族に、会いに行きたい

――今は主にアフリカの少数民族を撮られていますが、今後撮りたい被写体はありますか?
世界にはまだまだ裸族のような少数民族がたくさんいます。なかにはあと3人しかいない民族もいるので、その人たちが消えゆく前に会いに行きたいなと思っています。

――彼らのリアルを収めて、残していきたいんですね。
そうですね。自分たちと同じ時代に生きてますからね。もう日本にはちょんまげの侍とかいないじゃないですか(笑)。そのリアル版がいるので、やっぱり会いたいですね。

――一部の人から見たら、裸族は侍的なポジションなんですかね?
「うそ、まだうちの国にいんの……?」っていう感覚の人はいますね。たとえばスリ族がいるエチオピアでも、彼らのことを知らない人がいっぱいいるんです。同じ国の人間が少数民族を見に行ったりするんですよ。自分と同じ国に少数民族がいるって、きっと不思議な感覚なんでしょうね。

――日本に侍いないですもんね。
忍者もいないですもんね。

ヨシダナギから若きクリエイターたちへ

――最後に、GOOD! CREATORの読者であるクリエイターたちにメッセージをお願いします。
やりたくないことをやらなくていいように努力しよう、ですね。
でもまあ、好きなことをやってればいいんだなって思いました。1年半くらい前までは父親に嫌味ばかり言われてたんです。30歳近くまで会社勤めをしたことがなかったし、娘の名前をネットで調べて検索候補に“裸”って出てきたら、そりゃあ「お前何やってんだ!?」ってなりますよね(笑)。
でも、今ではテレビや雑誌で取り上げてもらえて、フォトグラファーって呼んでもらえるようにもなった。諦めずにやっていれば、いつか実るんだなと実感しています。

――ありがとうございました。

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    UPDATE:
    次代を創るプロフェッショナル
    フォトグラファー
    ヨシダナギ

    ヨシダ ナギ Nagi Yoshida

    ヨシダナギ(よしだ・なぎ)
    1986年生まれ、フォトグラファー。
    幼少期からアフリカ人へ強烈な憧れを抱き「 大きくなったら彼らのような姿になれる 」と信じて生きていたが、自分は日本人だという現実を10歳で両親に突きつけられ、挫折。
    その後、独学で写真を学び、2009年より単身アフリカへ。アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影、発表。その唯一無二の色彩と生き方が評価され、TVや雑誌などメディアに多数出演。2017年には日経ビジネス誌で「次代を創る100人」に選出される。
    近著には、写真集『SURI COLLECTION』(いろは出版)、アフリカ渡航中に遭遇した数々のエピソードをまとめた紀行本『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)がある。