フォトグラファー×イラストレーター CAT BUNNY CLUB

欲求を発散する【第1回】

CAT BUNNY CLUB 植村忠透(フォトグラファー)

Part.1of 3

クリエイティブの未来を担うのは、きっと、クリエイターの心を揺さぶるクリエイター――。
シリーズ「次代を創るプロフェッショナル」では、クリエイティブの世界でひときわ強い存在感を放つ、いま注目のつくり手たちをご紹介します。

今回ご紹介するのはフォトグラファーの植村忠透さんと、イラストレーターの佐々木香菜子さんご夫妻。
両名の魅力やクリエイター/アーティストとしての姿勢、そして2人で結成した「CAT BUNNY CLUB」のアート活動を、全3回に分けて余すことなくお伝えします。

第1回にご登場いただくのはフォトグラファー・植村忠透さん。フォトグラファーを目指された経緯や、アシスタント時代から独立に至るまでのお話、今後の取り組みなどについて伺いました。

フォトグラファー・植村忠透の原点

気づけば、カメラと写真がそこにあった

――写真やカメラに興味を持ったきっかけは何ですか?
僕の親父とじいちゃんが、俗にいうアマチュアカメラマンだったんです。実家には親父が撮った風景写真が飾ってありました。パソコンなんてない時代だったけれど、僕とロボットを合成した写真なんかもアルバムに入っていたりして。カメラと写真は、幼い頃から身近な存在でした。
何かきっかけがあって興味を持ったというよりも、気づいたらそこにあって自然と触っていたという感じですね。

――ご自身が写真好きだと自覚したのはいつ頃ですか?
撮るのが好きだなと実感したのは高校生の頃ですね。たしか、じいちゃんがくれたCanonのコンパクトカメラで友だちを撮っていました。平日は下宿で生活していたので、週末実家に帰るタイミングで親父に現像してもらっていましたね。それを友だちに見せたりして。ほんと馬鹿みたいな写真ばかりだったんですけど、楽しかったです。
あと、雑誌を見るようになったのもきっかけの1つ。好きな雑誌の企画に「ちんかめ」というのがあって、「俺もフォトグラファーになってこんな写真撮るんだ!」なんて言ってたような(笑)。
今より写真を撮ることが身近ではなかった時代なのに早くから触れられたこと、そして写真を撮ることが仕事になるんだと認識できたことが、最終的にこの仕事につながったのかもしれないですね。

大学時代は“レタッチ”という言葉も知らなかった

――デザイン系の大学に進学されていますが、はじめからそこを目指していたんですか?
大学に行きたい気持ちはあったんですが、勉強が得意ではなくて、もう授業を聴きながらノートをとるのは嫌だと思っていました。そんなとき受験科目にデッサンが含まれている大学を見つけたんです。僕の周りには芸術系に進もうとする人もいなかったので、その大学を見つけるまでは美大や専門学校という存在すら知りませんでした。調べてみるとデザインを勉強できる学科があって、「よくわかんないけどおもしろそうだな」と(笑)。

――写真も撮っていたんですよね?
その大学に入ってすぐ写真部に入ったんですが、毎週金曜の18時に集まらなきゃいけないと言われて……辞めちゃいました(笑)。

でも、写真を撮ること自体は独学で続けていましたね。入学と同時にMacとスキャナーを買ってもらったので、フィルムで撮った写真をスキャニングして、自分で写真を加工してたんです。文字を入れてポスターみたいにしたり、画質を調整したり、コラージュしてみたり。遊び感覚で作品をつくってましたね。当時はレタッチという言葉すら知りませんでしたけど。

グラフィックデザイナーか、フォトグラファーか

――本格的にフォトグラファーを目指そうと思ったきっかけは?
早くから写真に触れてはいましたが、本当に職業にしようとまでは考えていなかったんです。田舎者ですし、父や祖父は公務員でしたし。

でも、グラフィックデザインを学んでいるとデザインの要素の1つとして写真は不可欠だと感じました。駅張りや雑誌の広告って、写真がドーンと大きくなってて、そこにブランドのロゴやコピーが載ることで成立してますよね。ということは写真のパワーが強ければ、よりインパクトがあり強い広告になるんじゃないかと思うようになったんです。そこで思ったのは、自分がどっち側で関わりたいのかということ。「自分はデザイナーになりたいのか、フォトグラファーになりたいのか」と。

――そうして最終的に、フォトグラファーを選んだんですね。
母校は先輩後輩のつながりが大きくて、卒業生でカメラマンをされている方にお会いしてお話を聞ける機会があったんです。お手伝いをさせてもらうことも何度かあって。荷物持ちとか指示されたことをやってただけですけど、現場の空気に触れられたというか、「写真を撮る仕事ってこんな感じなんだな」ということを少しだけ体験できました。
それで、「なんかかっこいいし、やっぱり写真だなぁ」と決めました。

アシスタント時代の植村忠透

師匠との出会いは、ラッキー以外の何ものでもない

――師匠はあの宮原夢画さんだそうですが、彼に師事するに至ったきっかけはありますか?
フォトグラファーを目指すようになってから、『COMMERCIAL PHOTO』のような専門誌を見るようになって、たまたま特集記事を見つけたんです。そこに載っていた作品は、自分が今まで見たものとはまったく別次元というか、「これも写真なのか!」と思うものばかりでしたね。

――それはどんな写真だったんですか?
特に覚えているのは、広角レンズで撮られた歪んだ部屋のなかにヌードの女性が寝ている写真です。ただ、乳首がなく、頭にはストッキングのようなものを被っていて、ツノのようにそれが伸びている。そんな写真でした。
それまでの僕は友だちとか風景とか、自分の目の前にあるものばかり撮っていたんですけど、「あ、こういう写真もあるんだ」と知るきっかけになりましたね。あと、「この人はどんなことを考えてるんだろうな?」という興味も湧きました。

――東京に出たのは、宮原さんに会うために?
いえいえ、まずは漠然と「大きいことをするなら東京へ行った方がいいだろうな」と思ったのがきっかけです。
どうやったらフォトグラファーとして仕事ができるのかまったくわからなかったので、まずはバイトをしながら週3回、写真のセミナーに通いました。「撮影スタジオというものがあるんだな」「スタジオマンという人がいるんだな」「カメラマンにはアシスタントがつくんだな」とちょっとずつ知識がついていって、半年ぐらいしたときにダメ元で当時師匠が在籍していた事務所に連絡してみたんです。すごく軽く言ってしまうと「バイト募集してませんか?」みたいな感覚ですね(笑)。

――すごい勇気ですね。
恥ずかしながら。ほんとに無知だったから、怖いもの知らずだったんですね。でも、履歴書を送ってみたら、1週間後に当時のアシスタントの方から「もしよかったら仕事の現場を見学に来てみませんか?」と電話があったんです。もちろん「行きます!」と返事をして、そこですぐに面接して作品を見てもらって、研修的にアシスタントをさせていただくことになりました。ラッキー以外の何ものでもないです。

仕事を覚えるために、とにかく必死に働いた

――やはりアシスタント時代は苦労しましたか?
正直、大変でしたね。すべてが未経験の状態でその世界の第一線の現場にいることになったので、最初は訳もわからずという感じでした。運転もすることになったんですけど、ドキドキするじゃないですか、初めて東京で運転するときって(笑)。しかも師匠を乗せて運転しなきゃいけない……。とにかく与えられたことをこなして、必死で仕事を覚えました。

――そうしてだんだん、知識がついていったんですね。
そうですね。「これはこうやって出来上がるんだな」という気づきの積み重ねです。当時、師匠はアシスタントにほとんどの仕事をさせてくれました。その日師匠が使うカメラやフィルムの状態を確認して、カメラをセッティングして、スタジオマンに指示を出してライトを指示どおりに組んで、撮影後も現像したものが上がってきたら自分でコンタクトシートをつくったり、テストプリントを繰り返して紙焼きで納品したり、パソコンでの作業など……ほぼすべてのことを見させてもらえました。

――師事した方が宮原さんじゃなかったら、それは経験できなかったかもしれない?
そうかもしれませんね、人によって仕事のさせ方は違うみたいですし。

自分で仕事を重ねることで変化していってはいますが、やはりあのときの経験が自分の基本になっているのは事実です。もしほかの人に師事していたらぜんぜん別のスタイルになっていたかもしれませんね。

独立してからが大変だった

――植村さんが独立するまでの期間は2年。比較的早いのかなと思うんですが。
人によると思いますが、たしかに早いかもしれませんね。スタジオマンの経験もないわけですから。
なので、独立させてもらってからのほうが大変でしたね。アシスタントの仕事と自分で写真を撮るのとではまったく違う。仕事の内容も、気持ち的にも。というか、まず「仕事ってそんな簡単にもらえるもんじゃないんだ!」と……。

――独立してから、最初はどのように仕事を取りにいったんですか?
アシスタント時代にお世話になった編集やADの方々にご挨拶して、作品をつくっては見てもらって……というのを繰り返してました。ただ、作品をつくるにもお金が必要なので、バイトをしながらでしたね。写真からはあまり離れたくなかったので、証明写真やプロフィール写真なんかを撮るスタジオで働いていました。あとはフィルムの現像屋さんとか。

――そうして、だんだん実力が認められていったんですね。
そういうことだと思います。いただいた仕事には1つずつ全力で努力して、また連絡をもらえるようにがんばりました。そうするうちに、徐々に写真を見てくださった方からもお声がけいただくようになったんです。
当時、自分のホームページをつくるとか、SNSを使うことが今ほど手軽なことではなかったので、実際に会ってもらうか、仕事した写真が世に出るしか情報発信できませんでしたから。

植村忠透のものづくりの姿勢

その“瞬間”を逃さないフォトグラファーでありたい

――植村さんが好きなジャンルや媒体は何ですか?
仕事としては人物の写真が多いですけど、実はそんなにこだわりはないんです。「何でも撮りたい」という気持ちがずっとあるので。
でも撮るからには”他にはなかった写真”になるようにしたいと思っています。だから正直、被写体は人でもモノでも風景でもいいんです。

――写真を撮る上で意識していることは?
撮る瞬間の気持ちを大事にしたいということですね。
「キレイだ!」と思ったり、ファインダーのなかに見える世界に何かしら反応したりしたら、その気持ちを信じてシャッターを切るようにしたいと思っています。

――“瞬間”に対する意識は、お仕事をされてからついたものなんですか?
昔から意識していたと思いますが、やはり仕事をしてからのほうがより強くなったと思います。
仕事では限られた時間のなかで結果を出さなければいけない。良くも悪くも時間の経過とともに被写体は変化を続けるので、「アッ!」と思ったときに反応できるようになったのは、いろいろな経験をさせてもらったからだと思います。

 

シャッターを切る瞬間を待つのではなく、攻めて捉える

――印象に残っているお仕事はありますか?
「MARY AL TERNA」というバッグのブランドがあるんですけど、人物のいない構築的な世界をデザイナーと共有しながら撮らせてもらえたのは、僕のなかでとてもよい経験になりました。人を撮るのとは違って動きのない世界なんですが、人と同じように、「ここにも表情があるな」というのを感じました。角度が少し違うだけで美しいと思えなかったりして。そのあたりをうまく表現できた点で、この仕事は印象に残っていますね。すごく楽しかったです。

――この撮影でこだわった点はありますか?
いつも“表情”と“構図”は意識しているんですが、この写真に関していうと、配置のバランスですね。右側の台の上に置いてあるのは商品のバングルなんですが、画面全体から見ると小さくしか写っていない。でも、置かれることによってこの空間にブランドの世界と表情が生まれるんです。ほかの場所も試してみましたが、僕としてはここが美しいなって思ったんです。

――その瞬間を待って撮るというより、自分から攻めて瞬間を捉えにいくような感じでしょうか?
まさにそうかもしれないです。この場合は被写体をつくり込んでいくという攻め方で、バングルを置いてファインダーを覗いた瞬間に「きたな!」って思いました。攻め方にはいろいろあると思いますが、どこかしら攻めたいですね!

“表現”や“意志”を組み込める楽しさ

――植村さんにとってのクライアントワークとは?
いつも新しい体験をさせてもらっているという感覚があります。基本的に、写真は被写体がないと成り立たないですよね。例外もありますが、クライアントワーク写真ならほとんどそうです。たとえ商品が写っていなくても、モデルさんだったり風景だったり、イメージになるものが必ず被写体になる。そこに自分の表現や意志みたいなものを組み込んでいけるので、すごく楽しい仕事だなって思います。

――クライアントワーク撮影における“クリエイティビティの高い写真”とは、どんなものだと思いますか?
やっぱり、消費者に伝えたいメッセージや意志がきちんと伝わる写真じゃないですか? そういう意味で、商品が写っていないのに伝えたいことが感じられる写真って、すごいなと思いますね。メッセージを表現するためのアイディアがすごいというか。

植村忠透のアート活動

作品づくりは、制約を取っ払ってどこまでいけるか

――アート活動もされていますよね。オリジナルの作品にも印象深いものはありますか?
最近発表したものだと、グループ展のために撮り下ろした作品ですね。今まで自分が仕事で撮ってきた女性や美容関係の写真の延長にあるアイディアで、「普段の仕事ではできないんじゃないか」ということをカタチにしたいという思いでつくりました。
よく聞かれるんですけど、これ、ほんとにモデルさんたちに絵の具を垂らして撮ってるんですよ。お尻も顔も、ぜんぶ垂らしてるんです。今はもうデジタルが当たり前だから、画像加工でやろうと思えばできるかもしれませんが、実際にやることで生まれる臨場感や偶然性を表現したいと思って。

――オリジナル作品とお仕事の写真、明確な違いは何だと思いますか?
制約があるかないかですかね。仕事だとクライアントがいるので「こうしなきゃいけない」という部分が出てくると思うんですけど、そこを取っ払ってどこまでいけるか。それが作品づくりなのかなと思います。

――今後、つくってみたい作品はありますか?
ありますよ! 自分の原点となる部分と、今思うことを重ねた写真を撮りたいなと思っているんですが、まだ断片的なアイディアしかないので……もっと練らないとという感じです。

植村忠透が目指すもの

できるだけ多くの人に、自分を知ってほしい

――目標とするフォトグラファーはいますか?
影響を受けた、インパクトを与えてくれたという意味では、やっぱり自分の師匠は目標になる人です。もちろんほかにも「あんな写真を撮りたいな」と思わせられる方もいるんですが、目の前で見せてもらった仕事に対する考え方ややり方、写真に対する向き合い方のほうが理由です。

――5年後10年後、どんなフォトグラファーになっていたいですか?
もっと売れっ子になりたいです(笑)。っていうのはちょっとゲスな表現ですけど、どんどん世に出ていくことで、たくさんの人に知ってもらいたいですね。
僕を知ってくれている人が10人だけの状況よりも、100人、1000人いたほうが、僕の写真に反応してくれる人も増えると思うんです。そうなれば、今まで知らなかった領域の方に出会えたり、これまで触れてこなかったお仕事をさせてもらえたりするかもしれませんから!

――フォトグラファーとして、自己鍛錬のために日々行っていることはありますか?
いろいろなものに目を向けるようにしています。カメラを持ち歩いて「あっ」と思ったものを撮ったりとかですかね。そして、その「あっ」と思った瞬間に、自分はどんなことが気になったのかを考えるようにしています。

植村忠透の道具に対する思い

使えるものなら、どんどん使ったほうがいい

――使用している機材にこだわりはありますか?
ハッセルブラッドっていう、もともとフィルムの古い中判カメラがあるんですけど、知ってますか? 大学時代に初めて見たときから「かっこいいな」と思っていて、たまたま師匠もそれをメインカメラとして使っていたんですけど、僕もなんとかがんばって買ったんです。今も仕事で使ってるし、カメラ自体の、モノとしてのかっこよさもすごく感じるので、これからも使っていきたいですね。

――やっぱり道具は好きになったほうがいいと思いますか?
無理する必要はないんじゃないですか。僕はそういう愛着みたいなのが嫌いじゃないってだけです(笑)。だって今はもうiPhoneでもそれなりの写真が撮れるし、重視されるのは結局「何が写ってるか」ですからね。
ただ、自分が写真を撮るためには、その機械に任せなきゃいけない部分がある。「気持ちを任せられる道具かどうか」っていうのは、人それぞれであるのかなと思います。

――機材とは別に、愛用している道具やツールはありますか?
iPhoneのアプリって最近すごいなと思うんです。太陽がどこからどう出てどう流れていくとか、何時にどこにあるとか、そういうのがわかるんですよ。
それと、カメラのピントを合わせたときの被写体深度とか、そういう頭では覚えきれないような細かい情報やデータを出してくれるアプリがあって、使えるなーと思ってます(笑)。

――植村さんがアシスタントをされていた頃からすれば、そういうアプリは考えられないですか?
そうですね。当時が不便だったかというと、それはまた違う話になると思うんですけど、便利で使えるものがあるならどんどん使ったほうがいいだろうなって気はしてます。
さっき古いカメラが好きという話をしましたけど、別に懐古主義的なことではないんですよ。これからはどんどん技術が発達していくだろうし、使えるものはどんどん使って自分のものにしていったほうがメリットはあるだろうなと思います。

植村忠透から若きクリエイターたちへ

――最後に、GOOD! CREATORの読者であるクリエイターたちにメッセージをお願いします。
ブルース・リーが「考えるな、感じろ」と言っていますが、「感じたら、行動しろ!」と付け加えたいですね。
僕は頭でっかちで考えすぎる癖があるんですが……やはり思いきってやってみることが大事だと思います。
……メッセージというか、自分に言い聞かせている感じですが(笑)。

――フォトグラファーを目指す若きクリエイターにも、ぜひメッセージを。
負けないぞ!

――ありがとうございました。

第2回につづく。

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    2016年、フォトグラファー・植村忠透氏とイラストレーター・佐々木香菜子氏の夫妻により結成されたクラブ活動。「制作したい欲求の発散」を目的にアート活動を展開している。略称は「CBC」もしくは「キャバクラ」。絶賛部員部集中。


    植村忠透(うえむら・ただゆき)
    青森県出身、フォトグラファー。
    東北工業大学を卒業後、フォトグラファーを目指して上京。写真家・宮原夢画氏のアシスタントを経て2005年に独立。ファッションや美容関連のジャンルを得意とし、これまでに広告や雑誌、著名人のポートレート撮影を数多く手がけてきた。


    佐々木香菜子(ささき・かなこ)
    宮城県出身、イラストレーター。
    東北工業大学を卒業後に上京し、デザイン会社、アーティスト事務所を経て独立。ファッションを主軸に、広告や商品パッケージ、企業とのコラボレーションなどを幅広く手がける。近年は抽象画作品の制作や作品展の開催にも注力。