コラージュアーティスト Q-TA

「コラージュ的思考を持つ唯一無二の“表現者”」【後編】

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クリエイティブの未来を担うのは、きっと、クリエイターの心を揺さぶるクリエイター――。
シリーズ「次代を創るプロフェッショナル」では、クリエイティブの世界でひときわ強い存在感を放つ、いま注目のつくり手たちをご紹介します。

今回ご登場いただくのは、ダークでポップでシュールな作品が国内外で高く評価され、これまでに「GUCCI」などさまざまなアパレルブランドとコラボレーションしてきたコラージュアーティスト、Q-TAさん。
本企画では、彼のコラージュアーティスト/アートディレクターとしての魅力を前後編に分けてお届けします。

後編では、作品づくりや表現手法に対するQ-TAさんの考え方や、見る人に伝えたいこと、今後の目指す姿などについて伺いました。

Q-TAが考える表現の責任

見てくれる人の日常に入り込みたい

――毎日のようにコラージュ作品をインスタにアップしていますが、何がQ-TAさんのモチベーションになっているんですか?
個人的な意見なんですけど、表現者には“表現の責任”がつきまとうと思っています。責任っていうと大げさかもしれませんが、僕の場合、作品を楽しみにしている人たちのために、常に発信し続けることでその責任を取っています。好きなときに好きなことをやるのではなく、受け手がいて初めて表現が成り立つ、見てくれる人がいる以上、常にそこに応え続けていきたいと考えています。その連続性に意味があるのかなと。
コラージュって、その時々によって見え方が変わるから、何回でも繰り返して何かを伝えられる表現なんじゃないかって思います。だからコラージュはおもしろいんですよね。その感覚を知っちゃうと、「常に表現し続けなきゃな」って思います。「今日はどんな作品を上げるのかな?」「今日は上げてないけどどうしたんだろう?」と、僕のコラージュを見てくれる人たちの日常に入り込んでいけたら、こんなにうれしいことはないですよね。

Q-TAの頭のなかの世界

頭にあるのは“引き出し”ではなく“巨大な空間”

――「デザインの引き出し」という言葉をよく聞きますが、Q-TAさん自身、引き出しを増やすために行っていることはありますか?
僕が持ってるのは引き出しじゃないんですよ。春物、冬物みたいにカテゴライズされているんじゃなくて、いろいろなものが詰まった1つの大きな空間があるイメージです。「あれはあそこにあったなぁ」と1つの引き出しを開けるんじゃなくて、1つの空間に存在する目的のものを、自分が動くことによって見つけ出すんです。手前にいらないものが見えたりするんですけど、それ越しに見ると、「意外といいじゃん」っていう気づきにつながったりするんですよ。角度や距離感によって見え方が変わるわけです。
手を伸ばして目的のものをすぐ手に入れるんじゃなくて、ちょっと寄り道したり、違うものを手に取ったりしてからでもいいと思うんですよ。一見すると無秩序かもしれませんが、もしかすると自分で意識的にそう並べているのかもしれませんね。あと僕、仕事でメモ取らないんですよ。

――え、信じられないです。
昔からそうなんですよ。スケジュール帳も持たない(笑)。さっきの話と同じなんですが、そういう情報は、1つの自分の感覚のなかにぜんぶ入れてあるんです。「この日はこれをしなきゃいけない」という覚え方じゃなくて、「前の日にこれがあったから、次の日はあれだな」という感じで、周りのものを含めて覚えていくんです。そうすると、その日だけがポコッと抜け落ちることがない。
メモを取ったのはいいけど、あとから見て「わけわかんない」ってことありますよね。もしくは、そのメモを「活かさなきゃ」っていう意識にとらわれたりすると思うんです。会話をしていれば要点はだいたい頭に入ってくるじゃないですか。だから、覚えているものを増幅してあげれば、ある程度までは持っていけると思ってます。
ただ、その場でどれだけ自分が情報を飲み込めるかっていう努力はしますよ。難しい話なら、そのときは自分が聞きやすいようにリードしますし。自分が理解していれば、メモを取らなくても覚えるものなんですよね。例えば、「おにぎりを食べた」ときの状況を覚えていようと思ったとき、「山で食べた」ということまで含めて覚えておくんです。“おにぎり”と“山”という2つのキーワードを組み合わせると、自然とその前後の状況まで浮かび上がってくるんですよ。

――クリエイターやアーティストに限らず、普段の生活にも役立ちそうですね。
そうかもしれませんね。物事を遠巻きに、客観的に捉えることも大事だと思いますよ。仕事でいえば、お客さんが大切だと言っていたことでも「実はそうでもなかった」なんてことはいっぱいありますからね。客観視できなければ本当に大切なことに気づけない。つまり提案もできないと思います。
あと、僕は趣味的にネットニュースなどについてるコメント欄を見るのが好きで、そのコメントたちに肯定も否定も含めそれぞれ反論を考えるっていう思考トレーニングをやってます。映画の評価でもいいんですけどね。例えば「あの映画は楽しかった」という肯定派のコメントがあったら、それをぎゃふんと言わせるような反対意見を即座に考えるんです。もちろん頭ごなしの否定じゃなくて、「たしかにそういう見方もわかるけど」といったん自分のなかに入れてから。そうすることで、思考の厚みが増していくんです。

 

Q-TAの作品づくりの手法

感じやすいように、伝わりやすいように

――Q-TAさんの作品は“シュルレアリスム”に分類されると思うのですが、作品のテイストやトーンについて、ご自身ではどう考えていますか?
自分は一般的なコラージュアーティストとはちょっと違う立ち位置にいるので、正確にはシュルレアリスムじゃないと思います。僕の場合コラージュは手法であって、あらゆるエッセンスを入れて表現するんです。だからアナログでもデジタルでもつくりますし、作品の振り幅もすごく広いんです。
僕が意識しているのは、感じやすいように、伝わりやすいように、という部分です。だからなるべくシンプルにつくっています。切った素材を2つだけペタッと貼っただけでも作品になる。それが作品だと思ってもらえるようにつくることが肝心なんです。単純そうに見える工程の見えない部分にクリエイティブが存在するから、僕のコラージュは表現として成り立っているのかなと思います。


 ――ミニマルアートにも影響を受けたそうですね。
そうですね。余白、空間というものには影響を受けました。DJをやってたときもミニマルミュージックが好きでしたからね。単調な繰り返しのなかにも見えるものがあると思うんですよ。ただ、真っ白のなかにぽつんと黒い点がある作品を見て「いいな」って思うのはなかなか難しい。けれどもその黒い点をお花にするだけで印象はぜんぜん違いますよね。わかりやすい記号に変換してあげると伝わりやすくなるんです。そういう意味でいえば、ミニマルアートというシンプルな表現をベースにポップさを足していくのが、僕の手法といえるかもしれませんね。

テーマやタイトルはつけない

――コラージュで作品をつくるとき、あらかじめ何かしらのテーマを設定したりするんですか?
いや、しないですね。そこは感覚的なんです。最初にゴールを設けると切る素材も決まっちゃいますから、制作過程でタイトルやテーマは絶対につけません。タイトルをつけるとしても最後の素材として扱う感じです。タイトルが答えになっている作品にはしたくないんですよね。タイトル負けしちゃってるような作品はおもしろくない。

――作品づくりに使う素材も感覚的に集めてくるんですか?
そうですね、アンティーク雑誌や古いファッション誌をパラパラ見てから。最初から「絶対にこれ!」と決めることはないんですけど、「これを切ったら広がるな」って感じる素材はやっぱりありますね。例えばモデルさんの顔なら、正面を向いたカメラ目線の画よりも、ちょっと横に流した雰囲気のものを選んじゃいます。横に流れた目線があるから、次の素材を加えることができるわけなので。そういった意味では、後々広がっていく素材を常に選んでいますね。

――作品の答えというよりは、起点になるような素材ですか?
そうですね、どんどんつながるものを集めてます。そもそも正解なんてないので、自分が「止めよう」と思わない限りずっとつながっていくんですよね。ただ、そこをあえて止めます。そうして出来上がった作品からは、何かの過程、動作の途中といったものが読み取れるんですよ。すると、僕が“広がっていく素材”を選ぶのと同じように、受け手もその先につながる何かを感じてくれます。それが「この作品を解釈したい」「もっと違う作品を見てみたい」という気持ちにつながっていくんですよね。

――Q-TAさんの作品からはストーリー性を感じるのですが、何か1つだけでもいいので教えていただけませんか? このキャベツ畑でいったい何があったんですか?

その話は墓まで持っていきますよ(笑)。いや、意外とストーリーなんてないんですよ、あるように見せてるだけで。キャベツ畑にキャベツ頭の女の子がいて、キャベツ頭の猫がすがっている。そういうキーワードを置くことで、作品を見る人に想像してもらうんです。物語を説明するとつまんなくなっちゃうと思う。
だから感じ方は人それぞれでいい。みんなの想像に対して僕らつくり手が「なるほどね」と思えることは大事だと思います。それが次の自己表現にもつながっていきますから。

 

作品を通してQ-TAが伝えたいこと

SNSでは1枚だけでなく1画面の見え方も意識する

――Q-TAさんの作品のファンが世界中にいる理由は何だと思いますか?
作品のなかに言葉がないからじゃないですかね。お国柄で解釈は違うかもしれないけれど、どの国の人でも感じることはできる。あと、外国の方は日本人とは違うなと思います。日本の方だと「この作品のタイトルって何ですか?」とか「どういうときにつくったんですか?」という“つくること”に関する質問をくれるんですけど、外国の方はあくまで“作品そのもの”を解釈しようとするんですよね。この作品はこうだろうみたいな、彼らなりの解釈をコメントしてくれたりします。

――Instagramを運用するうえで意識していることはありますか? やはり連続で作品をアップし続けることに尽きるんでしょうか。
そうですね、そこに尽きます。「その日にどんな作品をアップするか」という1日単位でも意識してるし、作品が1画面に複数枚並んだとき、全体として「どんな色合いで見えるか」という部分も意識してますね。あまり偏りすぎると「なんだ、こういう作風か」と思われることもあると思うので、ぱっと見たときにいろいろな作品が見えるように配置してます。「もっと見たい」と思ってもらえるように、というのはすごくありますね。

表現を楽しむ“きっかけ”を与えたい

――作品をつくって共有することで、見る人に感じてほしいことはありますか?
伝えること、共有することって楽しいじゃないですか。今はSNSが普及していて、人と人がつながって当たり前の状況で生活してます。そういう状況に向けて、140文字じゃ表現できない感覚を提供できたら、みんなと共有できたらもっとおもしろくなるんじゃないかって思うんですよ。いわば“141文字目の表現”ですよね。
僕はたまたまコラージュを使っているというだけで、歌でも絵でも言葉でもいいんです。僕みたいな人間が楽しんでやっていれば、それを見て楽しそうって思う人がいるだろうし、その人が何かを表現し始めて、また違う誰かがそれを見て楽しそうって思ってくれればいい。何かを感じてほしいという使命感ではなくて、そういう楽しみのきっかけを与えられればなと思ってます。

 

表現手法に対するQ-TAの捉え方

©2016 Disney

 

表現手法はあくまで1つの素材

――Q-TAさんは映像・立体物・空間演出・ファッション・音楽……など興味が幅広く、しかも個展などでしっかりアウトプットしていますよね。難しいことだと思うんですが、どのように実現していくんですか?
これもコラージュ的思考なんですけど、ある表現手法はあくまで1つの素材である、という捉え方をすればいいんです。今は絵を描いているけれど、じゃあ今度はそこに彫刻という素材を足そう、という感じですね。絵しか描けないと思ったら、もう別のことはできなくなっちゃいますから。
あとは、新しいことに対する理由づけをきちんとすること。これは自分のなかの理由と、外に向けて発信する理由の両方。行動を起こすにしても、何かを伝えるにしても、理由は必要ですからね。

――自分のなかできちんとした理由づけができれば、次の一歩を踏み出すエネルギーになりそうですよね。
そうそう、その感覚は大事です。それと外に対する理由――つまり“表現の責任”をうまい具合に混ぜ合わせて、いろいろな角度から見て、自分なりに確立すること。そこまでして初めて表現になると思います。
何かを表現したいけど一歩踏み出せない若い人たちって、夜中に書いたラブレターで終わっちゃってるんですよね。熱量はあるけど表現という部分に頭が回っていないというか。だから朝に見返すと恥ずかしくなって、外に出せなくなるんです。もちろんラブレターを書くのはいいことだと思いますよ。むしろそれくらい恥ずかしいことができないと表現者にはなれないと思うし。ただ、伝えたいという思いが絶対にあるわけだから、外に対する理由づけが必要なんです。

――多少未熟でもまずはチャレンジしてみること、そして失敗を繰り返すことは認められると思いますか?
失敗したときの問題点を自分なりに考えて、成長できるならいいと思いますよ。だから客観的思考っていうのがすごく大事なんです。僕の場合、常にもう1人の自分を脳内に置いてます。それは、今自分がやっている行動を絶対に全否定する自分です。そういう人間と同居すると、客観的思考が鍛えられると思いますよ。

 

Q-TAのこれから

死んだとき、「Q-TAっぽい」と言われたい

――今後、新たに挑戦してみたい表現手法はありますか?
もう体、真っ白くして踊るしかないんじゃないかな、冗談ですけど(笑)。「この手法で何かしたい」っていうのは特にありませんね。挑戦したいという思いにとらわれちゃう気がするんですよ。前はよく立体やディスプレイをやりたいと言ってたけど、今の活動を一生懸命続けていれば、自然とそういう仕事が入ってきたりするんです。大事なのは今ある表現をしっかり続けることかなと思います。今の自分の力じゃどうにもならないようなことでも、今を一生懸命積み重ねていけば、いずれたどり着けるタイミングが来ると思ってます。そのときに、「なぜ自分がたどり着けたのか」「なぜ目の前に新しいものが来たのか」をちゃんと考えて、向き合うことで、自らの新しい表現になるのかなって思います。

――これから先、どんなクリエイター、アーティスト、あるいは“表現者”になりたいですか?
ずっと自分を好きでいられたらいいなと思います。何かにとらわれることなくね。僕が何をやっても周りから「Q-TAっぽい」って言われるような表現者になれればいいなと。“Q-TAっぽい死に方”をしたいっていうのが昔からあるんです。最後の最後に人に「Q-TAっぽいね」って言ってもらえたら最高ですね。

――広く深くQ-TAさんを知ってもらえているなら、自分でコントロールできない死に方をしても「Q-TAさんっぽい」と言われそうですよね。
そう、そうなんですよ。ほんと最後に集約するのかなと思います。変な話、葬式にどれだけの人が来て、どれだけ悲しんでくれるかなって考えるんです。一瞬しか接点がない人が来てくれて、そんな人が隣の人と「Q-TAっぽく死んだよね」っていう会話をしてくれたらいいなと。だから生前葬に憧れてるんですよ(笑)。自分の人生のクライマックス、メインイベントを見れないなんて悲しいじゃないですか。「それが一番最後の表現じゃん!」って思うから。

 

Q-TAの思うコラージュアートに必要なこと

正解がなくても、「よし」と思えることが大事

――コラージュアートに必要な技術はありますか?
感覚ですね。それに尽きると思います。切って貼るだけなら単なる貼り絵。それをアートにするにはやっぱり足していく感覚や引いていく感覚、いろいろな感覚が必要で、それらのバランスを自分自身でどう取るかが大事です。例えばパネルのどこかに空間があるとします。それに対して「足さなくていいや」と思うのか、「足したほうがいいな」と思うのか。正解はないんですけど、「隙間があるから足さなきゃ」って気持ちで足したものは、やっぱり何か居心地の悪さを感じる。自分のなかで「よし」と思うことが大事なんですよね。その「よし」の精度を高めるには繰り返し経験しなくちゃならないんです。

――愛用している道具やツールはありますか?
切れて貼れれば何でもいいですね。カッターやハサミだけじゃなくて医療用メスなんかも使いますけど、別に何でもいいんですよ、糊の代わりにごはん粒を使ったって。ただ、使い続けることは大切だと思います。いい道具を選べとかそういうことじゃなくて、自分の癖なんかも含めて取り入れていくことが重要。そうすれば手に馴染んでくるし、愛着も湧いてきますから。

 

Q-TAから若きクリエイターたちへ

――最後に、GOOD! CREATORの読者であるクリエイターたちにメッセージをお願いします。
頑張れっ! 本当これしか言えないんですよ。他人の頑張りと自分の頑張りを照らし合わせることが大事です。それも1人や2人じゃなくて、10人や100人と照らし合わせましょう。他人と比べてほんとに自分は頑張ってるのか、“頑張りの質”を理解することが大事なんです。「これをやれば成功する」というのはないので、若いうちはとにかく頑張るしかないと思います。安心するために頑張るのではなく、負けないために頑張る。人に負けない自分だけの表現を見つけてください。

――ありがとうございました。

Q-TAさんのイベントレポートの記事はこちら。

    UPDATE:
    次代を創るプロフェッショナル
    コラージュアーティスト
    Q-TA

    Q-TA Q-TA

    Q-TA(きゅーた)
    アートディレクター / デザイナー / コラージュアーティスト
    シュルレアリスムを独自の解釈で表現するファッション性の高いポップなコラージュ&ビジュアル作品で、GUCCIのアートプロジェクト「#GucciGram」、Viktor & Rolfの2017SSコレクション、ラコステなど海外アパレルブランドとのビジュアルコラボレーションをはじめ、ディズニー映画「Alice Through the Looking Glass」のInstagramキャンペーンへの作品提供、flumpool「FREE YOUR MIND」のMV、資生堂マジョリカマジョルカ「ストライクな瞳」CMなど、CDジャケット、雑誌、装丁、装飾デザインなど国内外で幅広く活躍する。