フォトグラファー ヨシダナギ

少数民族に宿るクリエイティビティに惹かれて【前編】

Part.1of 2

クリエイティブの未来を担うのは、きっと、クリエイターの心を揺さぶるクリエイター――。
シリーズ「次代を創るプロフェッショナル」では、クリエイティブの世界でひときわ強い存在感を放つ、いま注目のつくり手たちをご紹介します。

記念すべき初回にご登場いただくのはアフリカ少数民族の姿をカメラに収め続ける話題のフォトグラファー、ヨシダナギさん。
本企画では彼女の魅力を前後編の2回に分け、たっぷりとご紹介します。

前編では、少数民族との距離を縮めるために服を脱ぐようになったきっかけや、そうして撮影した作品を通して伝えたいメッセージなどについて伺いました。

ヨシダナギという人間

新鮮な一人暮らしが、暗い性格を変えてくれた

――小さい頃はどんなお子さんでしたか?
感情表現が苦手で、喋るのが不得意な子どもでした。でも、絵や文章を使ってコミュニケーションを取ることはできていました。
自分の感情を伝えられるようになったきっかけをくれたのは、小学生のときに通っていた学童保育のおばあちゃんみたいな先生でした。私の母に「この子に紙とペンを渡せば感情表現できる」と教えてくれて、それから自分の考えを伝えることができるようになったんです。絵を描くのは好きでしたね。

――どんな絵を描いていたんですか?
小学校低学年までは食べ物の絵を描くのが好きだったんですけど、高学年になってからは架空の世界やキャラクターを描いてました。「もしも花が宇宙人だったら……」みたいなテーマを設定して(笑)。
絵を描いていたことが今のフォトグラファーの仕事につながっているかは微妙なところですが。

――そもそも感情表現が苦手だったヨシダさんが変わったきっかけは?
21歳で実家を出るまでは根暗でネガティブな人間でしたが、一人暮らしを始めてから変わりました。それまでは親が何でもしてくれたからわかりませんでしたが、どうってことない日々の暮らしが新鮮で楽しくなったんです。

――例えばどんなことが楽しかったんですか?
掃除機をかけなかったら1週間で「これどっから湧いたんだ?」っていうホコリの玉が出てきたとか、真っ青のお皿に好きなご飯を盛りつけたら一気に食欲が失せたとか、そういう発見が楽しかったですね。お皿の件では色の力学も学べましたし(笑)。今もそれほどワーワー騒ぐほうではありませんが、だいぶ変わりましたね。
ただ、怠け癖は一人暮らしをしてからも変わらなくて、むしろ親の干渉がないぶんすごく自由に怠けるようになりました(笑)。

想像を超えたのは、アフリカだけだった

――マサイ族に憧れたのも子どもの頃だそうですが、理由はあったんですか?
きっかけは、5歳のときにテレビで観たマサイ族の姿でした。ただ単純にフォルムがかっこいいなと思ったんです。
みんな小さい頃は仮面ライダーとかセーラームーンを見て「かっこいい」って憧れるじゃないですか?「頑張ったらなれるかも」みたいな感じで。それと同じ感覚だと思います。私の場合はたまたまそれがマサイ族だったというだけ。

――今でこそ「ヨシダナギといえばアフリカ」というイメージですが、もともと海外旅行は好きだったんですか?
実はそれほど興味なかったんです。20歳のときに行ったタイが初海外だったんですけど、それも友達とノリで行っただけでした。
海外に行くと日本がちっぽけな国に感じるってよく聞くじゃないですか。私もなんとなくそういうものかなと思ってたんですが、そんなことありませんでしたね。何も感じなかったんです。「この程度か……」みたいな。
その後も母や友だちとアジア圏をけっこう回ったんですけど、ぜんぜん。インドなら汚いものを見てキャーキャー言えるかもしれないと期待して行ったんですけど、そこで感じたのも「このレベルか……」みたいな。たぶん想像してた光景が強烈すぎて、現実が追いついてこなかったんだと思います(笑)。

――でも、やっぱりアフリカは違った?
違いましたね。アジア圏を回りながら、だんだん「どこに行ったら驚けるんだろう」って思うようになったんです。それで、「ああ、アフリカかな」って。お金がネックでしたが、「アジアを旅するお金をセーブすればいいじゃん」という考えにたどり着いて、じゃあ行ってみようかなと。

嫌いな子どもがかわいく見えて、カメラを始めた

――小さい頃は絵を描くのが好きだったそうですが、なぜ写真を撮り始めたんですか?
カメラを持つ前はイラストレーターをしていましたが、1年半くらいでスランプになって、ゼロから何かを生み出すことができなくなったんです。絵で食べていきたいと思っていたわけではなかったので、それが“仕事”だと意識した瞬間、プレッシャーで何も描けなくなっちゃって。
だから気分転換に友だちと海外に行くことにしたんです。そのときはフィリピンに行ったんですけど、せっかくだからカメラを買って持っていこうかなって。

――カメラを買って間もない頃は、どんな作品を撮っていたんですか?
そのとき撮っていたのはただのスナップというか、ポートレートというか。正直、最初は何を撮ったらいいかわからなかったんですけど、フィリピンで見つけた子どもがすごくかわいくて、自然とカメラを向けている自分がいたんです。
でも実は私、子どもが嫌いなんですよ(笑)。それなのに、そのとき生まれて初めて「子どもってこんなにかわいいんだ」って思えたんです。それが本格的にカメラを始めるきっかけになりましたね。
当時は撮り方も素人同然だったんですけど、その写真を人に見せたら「うまいんじゃない?」って言われて、「もしかしたら絵より楽かもしれない」と思ったのも事実です(笑)。
その後は旅先で出会った子どもたちの目と笑顔にフォーカスした写真を撮っていました。

ヨシダナギにとっての“クリエイティブ”

アフリカ人の“かっこよさ”を伝えたくて

――今の活動の原点はマサイ族への憧れだと思うんですが、ヨシダさんが思う少数民族や裸族の“かっこよさ”とは具体的にどんな部分ですか?
裸なのにいやらしくないところです。彼らの立ち姿とか、内から湧き出てくるものがそうさせていると思うんですが、そこがかっこいいなと。「裸なのに、なぜこんなに勇ましいんだろう」って思います。だって、葉っぱ1枚なのにまったくいやらしくないんですよ。そいうところがやっぱりすごいなって思います。私がやったらいやらしくなってしまう。

――そうしたアフリカ少数民族の “かっこよさ”を、ヨシダさんは写真で伝えたいんですね。
逆にいえば、私が伝えたいのは「アフリカ人ってかっこいいでしょ?」という、ただそれだけなんです
世界の大半の人がアフリカに行ったことがないと思うんですけど、行ってもないのにアフリカ54カ国を一括りにして「貧しいんでしょ?」とか「今にも死にそうな人たちの集まりなんでしょ?」みたいに評価しちゃう感覚がすごく嫌なんです。見てもいないのに、会ってもいないのに、自分の友だちの悪口を言われているみたいで。
でも、「アフリカに行って確認してよ」と言っても、できないじゃないですか。そもそもみんな興味がないですし。だから、これは私の投げかけでしかないんですけど、アフリカで出会った人たちの写真を撮って、みんなに「ほら、かっこいいでしょ?」って見せてあげたいんです。

仲良くなれると知っていたから、脱いだ

――少数民族と同じ格好をしたり、服を脱いだりするヨシダさんの独特なスタイルは、何がきっかけで生まれたんですか?
同じ格好をすれば絶対に仲良くなれるというのは5歳のときからわかってたんです。友だちのつくり方は知らなかったけど、テレビで彼らの姿を見たときに「あ、この人達と仲良くなるのは簡単だ」って思いました。感覚的なことになっちゃうんですけどね。
でも、初めてアフリカに行ったときは英語がまったく話せなかったので、伝えたくても伝えられませんでした。しかも彼ら、思ってた以上にビジネスライクだったんです。観光客に写真を1、2枚撮らせて、お金をもらったら「とっとと帰ってくれ」という感じで。
それである程度の英語が話せるまで勉強して、2012年にもう一度試してみたんです。そうしたら案の定、仲良くなれました。

――同じ格好をする、服を脱ぐ以外に、少数民族との距離を縮めるためにしていることはありますか?
日本のアメを持っていったりしますね。あとは、とりあえず無防備でいることを心がけています。白人やアジア人がアフリカに行くと、現地の人はすごく緊張したり、警戒しちゃうんです。例えば荷物を前に持ってガードしたり、笑顔を見せなかったりするのが彼らはすごく嫌なんですよ。白人に蔑まれてきたという文化があるので、「結局そうだよね」と思っちゃうみたいで。だから私は彼らと接触する前から常に笑顔でいるようにして、「私は別にあなたたちのこと警戒してないよ」ってアピールしていますね。

 

作品は雑だけど、被写体の懐に入るのは得意

――アフリカに機材を持っていくとなると制限も多いと思うんですが、作品のクオリティを維持するためにどんなテクニックを使っているんですか?
実は機材の使い方とかカメラのこととか、興味がなくてよくわからないんです。フォトグラファーになりたくてなったわけじゃないというか、自然と世間からそう呼ばれるようになって、1年半前に初めて「私ってフォトグラファーなんだ」って気づいたくらいなので……。だから今もそこまでクオリティを高めたいとは思っていないんですよ。

――え、レタッチはどうですか?
これも独学でやっているので、自分で雑だなと思います。たまに知り合いのカメラマンが細かく作業しているところを見るんですけど、性格が大ざっぱな私にはできないなと思います(笑)。
私はけっこう極端にやってしまうんですよ。「そんなに一気にやっちゃうの!?」みたいな。職人気質じゃないんです。感覚で「こんなもんでいいや」くらいの感じで。

――とはいえ、少数民族の本質を引き出すことは得意ですよね。
女だからというのも理由かなと思うんですけど、受け入れられやすいとは思います。相手の懐に入ることにかけては、たぶんほかの人より長けているかもしれません。そもそもアフリカ人が物珍しがって見てくれるというのもあると思うんですけどね。

スリ族が、私をフォトグラファーにしてくれた

――これまでアフリカでさまざまな写真を撮ってこられたと思うんですが、思い入れのある作品はありますか?
自分が世の中に認知されて、自分がフォトグラファーだと自覚するきっかけをくれたという意味では、スリ族の写真ですね。今の私があるのはその作品のおかげです。
実は、初めて彼らに会ったときは失敗したんです。ガイドの選択を間違えてしまって。少数民族は現地人でも行かないような場所で暮らしているので、交渉も含めて、ガイドにやる気がないとたどり着けないんですよ。当時はそれができる会社があまりなくて、「できる」と言ってくれたガイドに頼るしかなかったんですけど、その人がすごくいい加減な人でしたね。私はカラフルなメイクをした彼らを撮りたいと伝えたんですけど、どシンプルなメイクをさせて「ほら撮りな」って。イメージ写真を見せたりもしたんですけど、「何が違うの?」って言われて、もう面倒くさくなって帰ってきちゃったんです。1年後にガイドを変えて、もう一度トライして成功しました。

――少数民族との会話もガイドを通してだと思いますが、自分から喋りかけるんですか?
テレビ番組じゃない限り、普段はあまり話しかけないんです。日本でもそうなんですけど、相手が教えてくれる以上の情報を得ようとすることはありません。勝手に相手が話しかけてきてくれるのを待ってます。「日本で何してんの?」と聞かれたらそれに答えて、「じゃあ、あなたは?」と質問する程度ですね。私から会話を投げかけることはあまりないです。
話しかけられやすいようにいつもニヤニヤしてますけど(笑)。

日本なら作品撮りは普通なのに、なんでアフリカ人はダメなの?

――ヨシダさんの作品からは創作性といいますか、デフォルメしている印象を受けるので、かなりこだわっているのかと思っていたんですが、実はそうでもないんですよね?
はい(笑)。ただ、非現実的な世界観になるように、というのは意識してます。アフリカ人や少数民族は、普通に写真を撮ったら距離を感じやすい被写体だと思うんです。それを興味のない人たちに届けるにはどうすればいいかと考えたとき、写真1枚でインパクトのあるものをつくり上げたら届くんじゃないか、クリックしてくれるんじゃないかなって。
つまりアフリカ人の作品撮りですね。今までのアフリカの写真は土臭い、泥臭いイメージ――ちょっと暗いドキュメンタリー調の作品が多かったと思うんですけど、日本で作品撮りがOKなら、アフリカでもOKなんじゃないかと思ったんです。こういう作品を撮っていると、たまに「アフリカ人を並べて撮るのはドキュメンタリーじゃない」「写真じゃない」と言われることもありますが、日本でよしとされているなら、外国でもダメだという理由にはならないと思うんですよね。

――ちょっと難しい質問になるのですが、ヨシダさんにとっての“クリエイティブ”とは何ですか?
あまりクリエイティブをしているという感じはないんです。例えばイラストレーターならゼロから作品を生み出して「つくってやったぞ!」ってなると思うんですけど、私の場合はアフリカに行くところから始まるじゃないですか。それって別に自分から生み出してる感じじゃないんですよ。行かなきゃいけないという使命感みたいなもので。
モデルがあっての作品だと思っているので、つくっているという感じはしないです。どちらかといえば、やらせてもらってる、みたいな。
今でこそフォトグラファーという肩書きがついていますけど、自分がフォトグラファーだという自覚もそれほどないんです。

――じゃあ、もしかしたら写真ではない表現方法を選んでいたかもしれない?
ぜんぜん写真じゃなかったかも。写真がうまいわけでもないので、フォトグラファーを名乗るのもおこがましいなといつも思うんですけどね(笑)。今の活動のすべての根源はアフリカ人のかっこよさを伝えることにあるので、自分としては意識していないんですが、外から見たらクリエイティブな活動に映るかもしれません。
作品をお金に代えるつもりもまったくなかったんです。個人の趣味というか、追っかけみたいなもので。で、私が脱いだときの写真をたまたま友だちに見せたら、「これバズるぞ」と言われて、ブログとかに上げたら反響が大きくて、今に至るという感じです。もしそこで何も言われていなかったら、たぶん今も趣味でアフリカ人を追いかけていたと思います。

ヨシダナギの相棒

アフリカ旅の必需品は、スポーツドリンクの粉末とメイク道具

――先ほど機材にはそれほどこだわらないと伺いましたが、機材以外でアフリカ旅にもって行くものはありますか?
物理的なものでいえばスポーツドリンクの粉末です。向こうでは脱水症状や熱中症が日常茶飯事なので。私じゃなくて現地のガイドやドライバーがマラリアにかかることも多いんですよ。そうすると足止めを食らっちゃうんですが、スポーツドリンクをあげると現地の薬を飲むだけのときより回復が早いんです。自分がお腹を壊したときも飲めばその日のうちに回復するので、お守り代わりに大量に持っていきますね(笑)。
現地では売っていないスポーツドリンクなので、向こうではほとんどの人が初体験ですね。薬なのかと聞かれて、「薬じゃないけど飲むと治るよ」と言うと、みんな「こんなにおいしいの初めて飲んだ」って言います。飲みやすいんでしょうね。

――ほかにも旅のお供はありますか?
ものといえるかわかりませんが、日本で着ているのと同じ服装で行きますね。私、アフリカ用の服を持ってないんですよ。撮影するからバックパッカーみたいな格好で行くということがないんです。普段は黒のロングワンピースが多いんですけど、向こうでもこの格好です。
遠足に行くときは先生に「履き慣れた靴」「着慣れた服」って言われたじゃないですか。その感覚なんです。場違いではあるんですけど、アフリカ人は黒い服を着ている人を葬式以外で見る機会がないので、普通の観光客とは違って見えるみたいなんです。「どこのお嬢さんが来たの?」みたいな。
そうするとみんなが注目するので、まず狙われないんです。視線が集まるから手を出しにくいんですね。それと、アフリカ人はおしゃれが好きなので、そういう変わった服を着ていくだけで声をかけてくれたりします。「黒じゃないほうが暑くなくていいじゃない?」とは言われるんですけど、話のきっかけにもなるので。

――なんだか危なそうですけど、やはり目立ったほうがいい?
都市部だと逆に危なかったりするんですけど、私のよく行くローカルでの話に限れば目立ったほうがいいです。だから普段の服装で行くのと同じ理由で、メイク道具も持っていきます。
最初の頃は途中から面倒くさくなって、メイクしないときもありました。そうしたらガイドさんにしたほうがいいと言われて、理由を尋ねたら「万国共通、きれいな子には男も女も弱いから、少しでもきれいにしていなさい。それだけで人が寄ってくるから」とアドバイスされたんです。実際、スッピンのときとそうじゃないときの人の寄り具合は違うんですよ。
アフリカではアジア人にきれいなイメージがないらしいので、「アジア人っぽいのがいるけど、目が大きいからアジア人じゃないかも」という感じで注目してくれるんです。化粧をしてるほうが男性も味方になってくれますし。

――ありがとうございました。

後編につづく。(4月14日公開)

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    UPDATE:
    次代を創るプロフェッショナル
    フォトグラファー
    ヨシダナギ

    ヨシダ ナギ Nagi Yoshida

    ヨシダナギ(よしだ・なぎ)
    1986年生まれ、フォトグラファー。
    幼少期からアフリカ人へ強烈な憧れを抱き「 大きくなったら彼らのような姿になれる 」と信じて生きていたが、自分は日本人だという現実を10歳で両親に突きつけられ、挫折。
    その後、独学で写真を学び、2009年より単身アフリカへ。アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影、発表。その唯一無二の色彩と生き方が評価され、TVや雑誌などメディアに多数出演。2017年には日経ビジネス誌で「次代を創る100人」に選出される。
    近著には、写真集『SURI COLLECTION』(いろは出版)、アフリカ渡航中に遭遇した数々のエピソードをまとめた紀行本『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)がある。