コラージュアーティスト Q-TA

「コラージュ的思考を持つ唯一無二の“表現者”」【前編】

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クリエイティブの未来を担うのは、きっと、クリエイターの心を揺さぶるクリエイター――。
シリーズ「次代を創るプロフェッショナル」では、クリエイティブの世界でひときわ強い存在感を放つ、いま注目のつくり手たちをご紹介します。

今回ご登場いただくのは、ダークでポップでシュールな作品が国内外で高く評価され、これまでに「GUCCI」などさまざまなアパレルブランドとコラボレーションしてきたコラージュアーティスト、Q-TAさん。
本企画では、彼のコラージュアーティスト/アートディレクターとしての魅力を前後編に分けてお届けします。

前編ではQ-TAさんの幼少期のエピソードや、アートディレクターとして実践している“表現の計算式”のお話、さらにコラージュアートの魅力などについて伺いました。

Q-TAの原点

欲しかったのは漫画ではなく設定資料

――コラージュアーティストとして活躍されているQ-TAさんですが、現在の価値観に影響を与えるような幼少期の体験はありますか?
小さい頃から映画が好きで、テレビ東京の昼過ぎにやっていたB級C級の洋画をよく観てました。映画の内容よりB級映画特有の視覚的なものに引き込まれてましたね。そのときの“引き込まれる感覚”っていうのが、現在の活動の下地になっているかもしれません。幼いなりに変なものに惹かれて、それを求めてました。探究心があったんですかね。
小学3、4年生の頃は、友だちが「あの漫画がおもしれえ」と言ってる一方で、僕は映画の専門誌を買ってました。なかでも僕が欲しがったのは設定資料集でした。作品の仕組みやバックボーンを知るのが好きだったんですよね。

――普通なら作品世界の「このキャラクターになりたい」なんて思いますけど、幼い頃からそれが“誰かの手によってつくられた作品”であることを理解していたんですね。
そうですね、表面的なものに「わー!」ってなるんじゃなくて、作品そのものに対してドキドキワクワクしてた。子ども向けアニメじゃなくて、ちょっと大人向けのものに惹かれてましたね。で、気になったら本を読み漁ってとことん調べる。自分が興味を持ったものに対してはすごい熱量を発してましたね。そういう感覚はコラージュアーティストになった今もぜんぜん変わってません。

学校ではなく、現場で表現を学んだ

――デザイン系の専門学校を卒業されていますが、どんなことを学んだんですか?
学生時代はそこまで美術というものに惹かれていなかったし、絵を描きたいとも思わなかったんですよ。ただ、漠然と「何かを表現したい」という感情はありました。
当時は電子音楽が好きでクラブミュージックを聴いてたんですけど、音楽単体というよりはファッションやカルチャーといった視覚的・感覚的なものも含めた“表現”に興味があったんですよね。自分でDJをやったりイベントを開いたりもしていたんですが、そうした現場のなかで表現というものを吸収していった感じです。
だからぶっちゃけた話をしちゃうと、学校では何も学んでないんですよ。今の自分を形づくっているのがそういう経験だけだと思っているので。

――当時、何かしら作品づくりはしていたんですか?
音楽活動を先行しながら、クラブイベントで流す映像の制作や、フライヤーとかポスターのデザインをしてました。音楽って、人によって感じ方、捉え方が違うと思うんです。これが正解というようなデザインってなかなか難しい。だから逆に抽象的な表現を意図的にやっていました。意味を伝えるのではなく、意味ありげに見せるというもの。受け手が想像し補完してくれるような表現ですね。「ちょっと手を伸ばせば届くような場所にちょうどいいものをそっと置いてあげる」みたいな感覚ですかね(笑)。
一般的にハサミやカッターで素材を切って、糊づけして貼っていく表現手法をコラージュっていいますけど、DJも「音楽という素材をどう切り貼りして活かすか」っていう一種のコラージュだと思うんですよ。1時間、2時間という流れをどう組み立てるか。10曲中10曲をヒットソングにすればいいわけじゃないし、順番やつなぎ方にも注意を払わなきゃいけない。それを肌で学んだ経験っていうのは、今のコラージュに大きく影響していると思いますね。

――音楽とビジュアル、両方を合わせて1つの世界観をつくり出していたんですね。
そうですね。僕はその頃ミニマル・ミュージックっていうシンプルな音で構成された音楽をやってて、シンプルだからこそ、素材の組み合わせ方はすごく工夫してました。1曲の構成に頼るんじゃなくて、時には2枚同時、3枚同時と曲を重ね、自分で曲を分解し構成していく感じですね。
音の深みってすごく大事だと思うんですよ。踊れる曲、騒げる曲を求めてくるお客さんもいますけど、そういう人たちに淡々とした曲のよさや奥行き、音の粒をどう感じてもらうかっていうのを意識してました。そのためには空間全体を感じてもらわなきゃいけないんですよね。単に「曲を聴いてほしい」というんじゃなくて、照明、映像、音響、お客さん、スタッフ――それらが絡み合うことで「おもしろい空間がつくれたらいいな」と思ってました。1つの物事をつくり上げるとき、多角的に考えてみる姿勢は昔から変わってないですね。一部でも抜けちゃうと、やっぱりどこか物足りなさが出ちゃうと思うんです。

 

Q-TAのつくり手としての姿勢

常に「どう演出するか」を考えている

――クリエイターあるいはアーティストとして大切にしている姿勢はありますか?
僕は明確な目的を持って何かを学んだり、何かに取り組んだりしたことはなくて、あくまで好きなことを感覚的にやってきました。
例えば、お腹が空いたから食事をする。当たり前のことだけど、単に「お腹が空いたから食べる」で終わらせるんじゃなくて、食事という行為を「どう演出すればもっと美味しく楽しい時間になるんだろう?」と想像するんです。そういう感覚を持つことが大切だと思うし、自分の内側から自然とアウトプットできるようになる必要があると思ってます。

――今の若いクリエイターやアーティストを目指す人にはどんな姿勢が求められると思いますか?
クリエイターやアーティストを目指してた人たちが会社に入ると、まずそのギャップに戸惑う人も多いと思います。自由だった学生時代と違ってそこにあるのは会社という組織。やらなきゃいけないこと、覚えなきゃならないことがたくさんある。それらに囲まれ「間違わないように」「失敗しないように」とおっかなびっくりになっちゃってると思うんです。クリエイターの2年目、3年目っていうのは、自分のやりたいことが理解されなかったり、見失ったりと落ち込む時期だと思います。
そんなときこそ過去を振り返って、「自分がなぜこの道を志したのか」「どんな人間になりたかったのか」を思い出してほしいです。その気持ちを保ちながら、「何をどう表現すれば目の前の人に伝わるのか」を考え続けることが大事だと思います。それを続けていく過程でいろいろなことが経験できるし、スキルも身についていく。今日の自分より明日の自分のほうが利口になってるのは間違いないんです。だったら明日の自分に期待しながら今日できることをする! この繰り返しこそ先に進む近道だと思ってます。

 

アートディレクター・Q-TAの思考

アートディレクションは、まるでコラージュ

――アートディレクションのお仕事では“表現の計算式”という考え方を用いているそうですが、どんなフローで答えを導き出していくのか教えてください。
そんな大したものではありませんが、表現するものによって計算式に当てはめる材料は変わります。だから一概に「こういう計算式です」とは言えないんですけど、ちゃんと計算しないまま出しちゃった答えっていうのは、往々にして正解とはいい難いものになるのは確かです。いろいろな材料をいかに足して、引いて、割って、掛けるか。臨機応変にさじ加減を調整することが大事だと思いますね。
ただ、学生さんと話していると“思い込みの計算式”を持っている人がけっこういるんですよ。学校で聞いた「こうあるべきだ」という教えに従ってるみたいなんですけど、僕からすれば「そんなの捨ててしまえ」って話なんですよね。大切なのは、いま自分の周りにあるさまざまなものに目を向けられるかどうか。そうして目を凝らして見えたキーワードを、どれだけ自分の計算式に当てはめられるかだと思います。そこで導き出した答えは必ずしも正解じゃなくていいんですよ。自ら考えた数式をしっかり持っていて、それをちゃんと使っていくことが、自分の表現とイコールでつながってくると思ってます。
僕の場合、コラージュアーティストとしての経験がアートディレクターの仕事にも役立ってるんですよ。どんなに大きな仕事でも、どんなにすごいスタッフがいても、最初から「これだ!」っていう答えを出そうとはしません。その枠組みのなかで「どれだけのことができるか」という可能性を考えて、さまざまな要素を幾通りにも組み合わせながら、時には偶然を味方にして、完成に近づけていくんです。

――思考もコラージュ的なんですね。
そうですね。答えを決めちゃうとそれを追ってしまって、どうしても周りが見えなくなってしまう。だから、感覚的でもいいからまずは思いついたものを10パターン、20パターンとつくってみるんです。もちろん各々のアイディアだけではまだ弱い。けれども、10も20もパターンがあれば、いかようにも組み合わせられるじゃないですか。自分でも気づかなかったような表現が生まれることだってあるし、そこにさらにもう1つ組み合わせてみると、もっと先に行けることもある。僕はこれを“コラージュ的思考”と呼んでいて、ワークショップなんかでも「コラージュは表現方法ではなくて考え方なんだよ」と説明してます。
偶然の産物に自分なりのルールを組み込むと、ほんとにおもしろいものができるんですよ。素材をルールで糊づけして表現していく感じ。

コラージュ的思考が現場の流れを変える

――コラージュアートだけでなくて、すべてのクリエイターの教訓にもなりそうですね。
おもしろいものをつくろうとするのは当たり前なんだけど、「よーいドン!」でおもしろいにはなかなかゴールできない。おもしろいアイディアを1つ考えるのではなくて、おもしろそうなアイディアを3つ、4つ組み合わせておもしろいをつくり上げる。最初から狙ったおもしろ味って意外とおもしろくなかったりするんですよ。異なるものを照らし合わせ比べるから、それぞれの足りない部分、余分な部分が見えてくる。僕は現場で思いつくことが多いんです。前もって決めてたことよりもおもしろいものがあったらどんどん取り入れて変化していく。まあ、周りのスタッフは大変なんですけどね(笑)。
クライアントにプレゼンするときも、事前にもらった情報だけで完結するのではなく、プラス、現場で出てきたキーワードを必要に応じて取り入れ、足したり引いたりすることで正解に近づくことができると思ってます。これがさっき言ったコラージュ的思考なんです。

アートディレクターだからこそ、コラージュが活きる

――アートディレクターの具体的なお仕事内容を教えてください。
アパレルブランドのビジュアルづくり、モデルの撮影とかがメインです。当然洋服を見せなきゃいけないんですけど、僕は“洋服以外のもの”に気を使いたいと思っています。着ている洋服が素敵だから素敵な世界になるんじゃなくて、素敵な世界にいるからこそ洋服が素敵に見えるように、という空間性に対する意識ですね。洋服のよさだけに頼ってしまうと、そのビジュアルで洋服だけが浮いてしまいかねません。
洋服をきれいに撮ることも重要ですけど、むしろ洋服が馴染む世界をつくることが大切だと思ってます。こういう発想を利用すれば、逆に違和感を生み出すこともできるんですよ。結局は僕たちみんな空間の中で生活してるんです。空間という認識があることによって、モノのあり方が見えてくる。

伝わらなければ表現者ではない

――自己表現だけを追求するアーティストとは違って、Q-TAさんには「こう感じさせよう」という戦略があるようですね。
表現者と呼ばれる人はたくさんいますけど、どんな表現でも、自分以外の人がいてはじめて成り立つものじゃないですか。ということは、伝えてなんぼなんですよ。理解されないことがかっこいいと思ってたり、わかってもらえなくてもいい、売れなくてもいいって思ってるアーティストっているじゃないですか。僕はそういうのが好きじゃないんですよ。表現者として勘違いしてるというかね。相手に伝わるものをつくらなければ表現者じゃないと僕は思ってます。
表現の仕方はアーティストの性質によって変わると思うんですが、僕の場合は主にネットで作品を公開しているので、人々と交流しながら表現する必要がある。だからなるべく手数を増やすことを意識しています。1,000人に伝えようと思ったら10,000個の作品をつくらなきゃいけない、という感覚ですね。そのために毎日何かしら発信しています。作品じゃなくてもいいんですよ。くだらない言葉でも、誰かの心に響いたりするんです。
そして1,000人も集まれば、「Q-TAってこういう人だよね」というある程度のアーティスト像ができると思うんです。さらに人が増えればその像は当然ブレるので、みんなの意見がまとまるように、常に自分から「こういう人間ですよ」と訴えかけるようにしています。

――アートディレクターとコラージュアーティスト、それぞれの活動をしていて楽しいことやつらいことはありますか?
アートディレクターの場合は僕1人じゃなくて、複数の人の感覚を混ぜ合い、引っ張っていくところに楽しさがあります。だからこそつらいんですけどね。コラージュアートの場合はその真逆。1人だから楽しいけど、1人だからこそつらいんです。でも、どっちかを選ぶことはできません。順番に差し込むから自分のなかで消化できるし、変化があるからおもしろくなるんです。
考えてみれば僕の感覚って、異なるものを1つにまとめ上げることで成り立っているんですよね。ものを覚えるときに周囲の情報まで切り取る意識もそうだし、コラージュアーティストとアートディレクターという仕事を自分のなかに同居させていることもそうです。

 

Q-TAが思うコラージュの魅力

いつでも“新鮮味”や“気づき”を与えてくれる

――コラージュという表現手法の魅力を教えてください。
コラージュは、ハサミやカッターで切った異なる素材を糊付けしていく表現手法で、これってみんな幼い頃からお絵描きと並んでやってるんじゃないかな。でも、鉛筆で自由に描くのと素材を切り貼りするのとでは、感覚がまったく変わってくるんですよね。絵はイメージに沿って描いていく感じ、コラージュはイメージを探しながらつくっていく感じ。組み合わせる素材によってどんどん変化していくんです。それをいかに組み合わせて答えを導き出していくかに魅力があると思います。コラージュには常に新鮮味や気づきがある。そこがおもしろい部分ですね。

――本の装丁などもいろいろ手がけていますよね、最近だと有栖川有栖さんの小説『幻想運河』の装丁とか。ああいった物語のビジュアル化といつもの作業とで、何か違いはあるんですか?
そうですねぇ……。僕は前もってその本を読まないんですよ。読むと置きに行っちゃってどこか面白味に欠けるデザインになってしまう。だからあらすじだけ聞いてそこから勝手に想像していくんです。その想像に時間をかけます。時間をかけて、本と読者のちょうどいいところにおもしろいビジュアルが来るように意識します。本が店頭に並んだとき、お客さんが二度見してくれたらいいなと思ってますね。あ、もちろんデザインができたあとはいち読者として楽しく読ませてもらってますよ(笑)。

実業之日本社文庫『幻想運河』 有栖川有栖『幻想運河』(実業之日本社文庫)の装丁コラージュ。

 

コラージュ的思考は問題解決にも使える

――定期的にコラージュのワークショップを開催されていますが、どんな内容なんですか?
3~4カ月に1回のペースで開催しています。素材がプリントされたA4サイズの紙が10枚、これらを切り貼りして作品をつくっていきます。実際に複数人でやってみるとわかるんですが、素材は同じでも、出来上がる作品はまったく違ってくるんです。何を切って何を貼るか、人によって個性が出ておもしろいです。たまに僕も考えたことがなかったような表現をする方がいて、逆に勉強になったりすることもあります。そして、ワークショップで必ず言うのが、黙々と自分の作業に徹するのではなく、なるべくほかの参加者さんの作業も見るように、です。周囲にはいろいろなヒントが転がってます。いいなと思ったら、それを自分フィルターを通して表現に取り入れる工夫をするところに、クリエイティブがあると思います。
この考え方って、実は何かに悩んでるときにも使えて、1人で悩むといろいろ思考が狭くなっていくんです。なるべく周りを見渡しいろいろな人の言葉に耳を傾ける、いろいろな言葉を自分で切り貼りして組み合わせるんです。そうすると、意外なヒントだったり、解決策になったりするんですよ。もちろん都合のいい言葉ばかり選んでたらダメなんですけどね(笑)。そういうコラージュ的思考があると「意外と気分が楽になりますよ」ってことを伝えてます。コラージュを学んでもらうというよりは、“コラージュ的思考”を知ってもらうことを重視してますね。

――ありがとうございました。

後編につづく。

Q-TAさんのイベントレポートの記事はこちら。

    UPDATE:
    次代を創るプロフェッショナル
    コラージュアーティスト
    Q-TA

    Q-TA Q-TA

    Q-TA(きゅーた)
    アートディレクター / デザイナー / コラージュアーティスト
    シュルレアリスムを独自の解釈で表現するファッション性の高いポップなコラージュ&ビジュアル作品で、GUCCIのアートプロジェクト「#GucciGram」、Viktor & Rolfの2017SSコレクション、ラコステなど海外アパレルブランドとのビジュアルコラボレーションをはじめ、ディズニー映画「Alice Through the Looking Glass」のInstagramキャンペーンへの作品提供、flumpool「FREE YOUR MIND」のMV、資生堂マジョリカマジョルカ「ストライクな瞳」CMなど、CDジャケット、雑誌、装丁、装飾デザインなど国内外で幅広く活躍する。