作曲家/音響空間作家 及川潤耶

「詩的で先駆的な世界観を奏でる」【後編】

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クリエイティブの未来を担うのは、きっと、クリエイターの心を揺さぶるクリエイター――。
シリーズ「次代を創るプロフェッショナル」では、クリエイティブの世界でひときわ強い存在感を放つ、いま注目のつくり手たちをご紹介します。

作曲家・音響空間作家として欧州で注目される及川潤耶さん。
本企画では音を用いて独自の空間・時間感覚をつくり出す及川さんの魅力を、前後編に分けてご紹介します。
後編では、枠にとらわれない発想による音響表現や、今後の目標について伺いました。

及川潤耶が考える、音楽

人の意識を音で構造することが“音楽”だと思う

©Tetsu Hiraga

――環境音楽とも、ノイズ・ミュージックとも捉えられる及川さんの作品ですが、ご自身ではどのように考えていますか?
作品によってコンセプトが異なるので、ジャンルで区別することは難しいと思います。僕は人の意識の形を音によって構造していくことが「音楽」であると考えています。他のジャンルの音楽との違いといえば、音の表現がアートや空間デザインなど、一般的な音楽には含まれない分野にも及んでいることです。例えばコンサート作品だけでなく、インスタレーションや効果音、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)、音響による音楽教育など、さまざまな方向性を探求していけるだけのバックグランドと発想力をこれまでの経験から得てきました。
「音響空間作家」は、音楽や音響の表現に対して芸術的な側面から新しい価値をつくる存在だと考えています。これまで僕が取り組んだプロジェクトでは、電子音響のコンサートや自然環境下での音の展示、サウンドデザインなどのコンテクストが相互に影響を及ぼしあい、幅広い表現の可能性を生み出しています。

――作品の発想は一体どこから……?
言葉では表せないような体験や感覚を、音で「翻訳」しているんだと思います。孤独でもありますし、制作している間は自分に何が起こっているのか、正直よくわからないこともあります。特にコンサート作品では、実際に存在するかどうかわからない音をイメージし時間を表現していくという、非日常的ともいえる作業になってくるんですが、自分の中で音の一瞬一瞬のイメージを持続するために、精神をひときわ集中させなければいけない場面があります。時間を表現する制作が始まると、それまで頭で考えていた自分の「個」の概念がなくなる境地に達している、というか。

©Junya Oikawa

無機質な世界観に、人の存在が必要だった

©Hiroyuki Agetsuma

――及川さんの作品には、人の声や自然の音を素材としたものが多い印象です。
そうですね、人間が自然の構成要素のひとつであるという考えが背景になっています。自然の現象に生命が宿っているみたいな感覚で、アニミズムに近いのかもしれません。
前回紹介した「Arc(2003年)」は、このような考えを創作につなげるきっかけとなった曲でした。この作品は電子音楽なんですが、録音して加工した自分の声を入れています。電子音響という無機質な世界観に対して、人の存在が必要だったんです。
この発想は、後の「Voice Landscape」プロジェクトの手法にもなりました。この作品は、録音した声=個人のデジタル情報を自然や日常空間の構成要素のひとつとして扱うことや、抽象的な音の現象を有機的に「電子音響身体」として表現することを目的にしていました。この手法は「Arc」をつくった時から、ずっと試行錯誤し続けています。

人との交流や、地道な制作から生まれた作品が評価された時は、素直にうれしかった

©Hiroyuki Agetsuma

――渡独してからの、心に残っている作品を教えてください。
2012年に制作した「Bell Fantasia」が、翌年フランス最大の電子音楽賞「Qwartz Music Awards2013」で最高賞を受賞しました。南ドイツで開かれたヨーロッパ教会音楽祭のオープニングセレモニーのために、鐘の音を使った作品の制作を依頼されて、町を囲む11カ所の教会の鐘の音や合唱を録音し、電子音響による作品にしたものです。町を象徴する音を素材にしてシンフォニーをつくろう、と思ったんです。
渡独して初めて受けた仕事で、実際に町に出かけ、フィールドワークで住民の協力も得ながら制作したので、この作品がフランスの権威あるコンペで最高賞を取ったのは素晴らしいことだと思いました。

――ドイツ以外での活動を含め、長年追求してきた作品はありますか?
ドイツやフランス、カナダ、イタリア、日本の庭園や自然の中で展示してきた「Voice Landscape」プロジェクトがあります。京都市の法然院ではこのシリーズの「Ta ka ta ka Crickets」を含む個展を行いました。録音した自分の声、「ta」「ka」の音韻だけを使って“鈴虫の存在”に変換して、庭園の空間を立体的にデザインするサラウンド音響システムをプログラミングしています。さらにギター曲の展開にこの作品の音響がアンサンブルするように、2台のPCを使ってシステムを組みました。

©Tetsu Hiraga

――空間を演出するような作品だったんですね。
そうですね。このプロジェクトは2014年にフランスのデジタルアートビエンナーレ「BAINS NUMÉRIQUES」でも展示し、批評家賞を受賞したのですが、「Voice Landscape」は独自の発想で深めてきていたので、技術だけでなく日本的な感性も評価されたことがうれしかったです。

また、「Growing Verse」プロジェクトは、コンピュータープログラミングされた音楽構造が、鑑賞者の手を「動かす」「止める」という動作に基づいて、特定のサウンドや「節」そして、音響空間を生み出すサウンド・インタラクションシリーズです。音楽教育やコミュニケーション、公共空間でのサウンドデザインといった広い領域にまたがっています。こちらは2016年にフランスのデジタルビエンナーレ「BAINS NUMÉRIQUES」で展示し、ポルトガルのデジタルサウンドフェスティバル「Semibreve」では最高賞「Semibreve Edigma Award」を受賞しました。

「Growing Verse no.1」2016年 ©Junya Oikawa

及川潤耶の相棒

制作環境にはMacとRMEのオーディオインターフェースを

(c) Junya Oikawa

――デジタル環境で制作する及川さんにはさまざまな機器が欠かせないと思いますが、愛用しているものはありますか?
MacとRMEのオーディオインターフェースを使っています。あとは角砂糖と炭酸水、水に溶かせるビタミンタブレットなんかも持ち歩いています。
制作は主にメディア芸術センター「ZKM」の立体音響スタジオやレコーディングスタジオ、それに作家専用のスタジオなどで取り組んでいます。主にMacBookを使いながら、DAWソフトはNuendo、プログラミングソフトはCYCLING’74Maxを活用しています。プロジェクトによって、プログラムの設計図をつくって音の断片を加工しながらアイディアを編み出したり、島や地域などに滞在してサイト・スペシフィックな制作をするときはあえてメモを残さずに直感的にその場の雰囲気を感じ取ったりと、スタイルを変えていますね。

及川潤耶の挑戦

身近にある空間を、音響で「作曲」したい

(c)Michiko Isono

――これから取り組んでいきたいことを教えてください。
去年から制作を続けている「Growing Verse」の新しいバージョンをつくりたいです。概念的な面としては、音楽と睡眠や生活スペースとの関係性にも興味があります。夢を見ているような状態を感じられたり、身体の感覚が変わったりするような体験を、日常の空間を舞台にしてつくり出したい、と考えています。
他にも、数年かけて作品を製品化したり、公共の空間や町の施設などで音響作品を展開することで、より幅広い層の人たちに向けて発信していきたいと思っています。

及川潤耶から若きクリエイターたちへ

©Tetsu Hiraga

――最後に、GOOD!CREATORの読者であるクリエイターたちにメッセージをお願いします。
なるようになります。でも、目標を実現するまでやりぬく覚悟と忍耐は必要です。同時にマイペースであることも大事だと思うんです。クリエイティビティって、「人生で培うさまざまな知恵や経験を、臨機応変に表現する能力」だと僕は思っています。

――ありがとうございました。

メインイメージ:(c)Hiroyuki Agetsuma

    UPDATE:
    次代を創るプロフェッショナル
    作曲家/音響空間作家
    及川潤耶

    及川 潤耶 Junya Oikawa

    及川潤耶(おいかわ・じゅんや)
    作曲家/音響空間作家
    洗足学園音楽大学 音楽・音響デザイン作曲専攻卒業、東京藝術大学大学院美術研究科 先端芸術表現専攻修了。
    1983 年仙台市出身、ドイツ在住。 2011 年より世界最大のメディア芸術センター「ZKM」の客員芸術家として渡独。ロック、クラシック、サウンドアートなどの多彩な音楽・音響表現を軸に、 サウンドインスタレーションや立体音響ライブ、サウンド空間デザインなど「音の芸術」に特化した活動を各国で展開。第 1 回東京アートミーティングでは「映像の様な音響体験」と評され話題を呼んだ。
    フランス最大の電子音楽賞「Qwartz Electronic Music Awards 9」にて最高賞を受賞 (2013 年)。これまでに、フランス最大のデジタルアートビエンナーレ「BAINS NUMÉRIQUES」(2014 年/2016 年)、ポルトガル最大のデジタルサウンドフェスティバル「SEMIBREVE FESTIVAL」(2016 年)、南ドイツ最大の教会音楽祭「Festival Europaeische Kirchenmusik」(2012 年)など、様々な大型アートフェスティバルや展覧会、コンサートに世界 14 カ国で招待されている。
    その他、ANA 機内誌「翼の王国」(2011 年)、「サウンド&レコーディング・マガジン」(2016年)掲載、ライブストリーミングTV DOMMUNE(2014年)、カナダ 国営放送(CBC NEWS、2014 年)、フランス国営放送(2013 年/2014 年)などメディアにも出演。原美術館「ニコラ ビュフ:ポリフィーロの夢」の空間サウンドデザイン(2014 年)やドイツ IOSONO 社のシステムを扱った新作委嘱コンサート(2015 年)、パリ日本文化会館における講演会(2016 年)など、芸術文化・教育機関や企業との提携事業も手がけている。