建築家 宮崎晃吉

“最小文化複合施設”HAGISOを築く 【第3回】

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クリエイティブによるソーシャルグッドには、どんな可能性があるのだろう――。
シリーズ「ソーシャルグッドで社会を動かす」は、クリエイターによる、クリエイティブを手段とした社会貢献活動をご紹介する企画です。

第2弾にご登場いただくのは、東京都台東区谷中の最小文化複合施設「HAGISO」を運営する建築士、宮崎晃吉さん。
本企画では、建築士である彼のソーシャルグッドな取り組みを全3回に分けてご紹介します。

第3回では、2015年にオープンした宿泊施設「hanare」や、現在構想中の新施設「TAYORI」のお話などを伺いました。

まち全体をホテルに見立てた宿泊施設「hanare」

 

hanareのヒントはローマの安宿にあった

――宿泊施設「hanare」について教えてください。
hanareは2015年にオープンした、「まち全体をホテルに見立てる」というコンセプトの宿泊施設です。第1回で「HAGISOは谷中の文化拠点」というお話をしましたが、つまりHAGISOの魅力は谷中というまちの魅力とイコールで結びつくんですよね。だから、HAGISOという建物内で魅力を発信して完結させるのではなく、こちら側からまちに働きかけられるような仕組みをつくろうと思ったんです。
hanareに宿泊した人が昼に谷中の商店街を見て回り、夜は谷中の銭湯で入浴して、帰り道に谷中の飲み屋さんでビールを飲む。そんなふうに、谷中のまち全体を楽しんでもらえるような設計をしています。

――hanareもHAGISOのように使われなくなった建物をリノベーションしたんですよね?
そうですね、HAGISOの近所にあった空き家を改修しました。大家さんはその建物を家族から相続されたそうなんですけど、お金を払って修繕しても誰かが住んでくれる保証はないし、新しく建て替えたとしても建築基準法の関係で面積が小さくなるということで、手をつけられないでいたそうなんです。そこで僕がhanareのことをお話して、改修費の半分以上をお支払するという条件で貸してもらうことができたんです。

――話が戻るんですが、「まち全体をホテルに見立てる」という発想はどこから生まれたんですか?
HAGISOが始まる前、「旅行できる最後のチャンスかな」とイタリアに行ってローマの安宿に滞在したんですが、そこでの経験がもとになっています。治安が悪いと聞いていたので最初は不安だったんですが、実際に泊まってみるとおもしろかったんですよ。地元の人がおすすめのレストランを教えてくれたり、一緒に食事をしてくれたりして、ホテルに滞在しながらもそのまちに住んでいるかのような気持ちになりました。「こういうスタイルの宿を東京でもできないかな」とずっと考えていて、それがカタチになったのがhanareというわけです。
あるときイタリア在住の方がhanareにいらしたんですが、その方が帰国後「こんなところがあったよ」と周囲に紹介してくれたんです。そうしたら、空き家を宿泊施設にしてレストランがレセプションになっている“アルベルゴ・ディフーゾ”というイタリアの経営モデルにそっくりだという話になったそうなんです。評価していただき、ありがたいことに認定してもらえることになったんですよ。

 

hanareはまちの経済を循環させるチャンネル

――hanareの運営で工夫していることはありますか? 
“谷中というまちの豊かな日常”のファンを増やしたいので、宿泊料に銭湯チケットを含めたり、おすすめスポットを記載したオリジナルマップをつくったりしてます。 
谷中は「昼間にどっと観光客が来るけど、夕方以降は誰もいなくなってしまう」タイプの観光地なんですよ。だから昼間はそれなりに観光客がお金を落としてくれるけど、夜は誰も飲み屋さんや銭湯を利用してくれない。この状況が続けば、まちがどんどん疲弊していくと思ったんです。
hanareという宿はまさに、そこに働きかけることができるチャンネルなんですよ。だから僕らはベッドを提供するほかに、「この銭湯はお湯が熱いけど情緒がありますよ」とか、「帰り道ではここでビールを飲むのがおすすめですよ」と紹介することで、宿の外でお金を使ってもらえるようにしてるんです。

――そうした工夫に対して、まちの人や宿泊客の方から反応はありましたか?
谷中に暮らす方でいえば、焼き鳥屋さんからお中元とお歳暮をいただきました。送客できていることに対してのリアクションだと思うので、とてもありがたかったです。
お客さまの反応でいえば、「コンシェルジュの◯◯がよかったよ」とか、「おすすめしてくれた店で◯◯さんに会ったよ」とか、“人”に対して感動してくれている内容が多いんです。すごく興味深いし、素直にうれしいですよね。

――オリジナルマップや銭湯チケット以外で、これから工夫しようとしていることはありますか?
観光客にお金を落としてもらうための工夫でいえば、独自の地域メディアをつくって谷中のまちをより濃く紹介したいと考えているんですが、これは道半ばですね。純粋にマンパワーをどうするかという問題もありますし、そもそも記事をつくるのって難しいじゃないですか。だから報酬が必要だと思うんですけど、そのお金をどこから捻出しようかなとか、どんな人材を使おうかなとか、考えるべきことはまだまだ山積みです。
それと、これも漠然とした構想なんですが、hanareと連携できる場所を増やせたらいいなと思っています。お客さまにより谷中を楽しんでいただくために、できる限りいろいろなお店やおすすめスポットと連携して、マッチングさせたいですね。

 

hanareは、まちの魅力を引き出すための“眼鏡”

――hanareのような“まち全体をホテルに見立てる宿泊施設”の運営は、やはり谷中のように魅力があるまちでしか成立しないことだと思いますか?
たしかに僕は谷中を“奥行きのあるまち ”だなと思ってます。けれど、谷中でしか成立しないってことはないと思いますよ。魅力的な街は日本中にあると思いますから。

――宮崎さんの考える“奥行きのあるまち ”とは、どんな場所ですか?
感覚的なことになっちゃうんですけど、消費しきれないものがあるまち、ということですね。単純にお金で買えてしまう表面的な要素しかないまちではなくて、汲めども尽きない物語を持っているまちというか。
これは、多面性や多様性のあるまちという意味でもあります。まちは一種の複合体だから、少し見方を変えるだけでも、今まで見てきたものとはぜんぜん違う魅力が浮かび上がってくるんですよ。まちを変えることによって新たな魅力を付与する必要はぜんぜんなくて、もともと備わっている魅力を発見できる“眼鏡”をかければいいんです。
この“眼鏡”の役割を果たしているのがhanareで、「まちはこういう見方もできますよ」と、新たなモードに切り替わってもらうための装置みたいなものなんです。hanareでの宿泊体験が、谷中を見る視点を多面的にできるものであればいいなと常に思っています。

 

HAGISOの新たな挑戦

 

次の旅へのインスピレーションを与える朝食を

――hanareの運営スタートを機に、HAGISOで朝ごはんの提供を始めたそうですね。
はい。「HAGI morning」って呼んでるんですけど、“旅する朝ご飯”をコンセプトに日本中の地方食材を使った朝食を提供しています。これまでは福井県、香川県、滋賀県、島根県の食材を使いましたね。
どの地方の食材にするかを決めるのはHAGI CAFEの店長です。現地で生産者を見つけて、食材のベストな組み合わせを考えたうえで料理を提供しています。彼女の頑張りもあってお客さんからの評価はどんどん高まってるんですよ。このサービスを始める前に議論を重ねて“僕らが提供すべき朝ごはん”の認識を共有しているので、現在は店長に任せていますね。

――どんな議論を交わしたんですか?
朝ごはんって一晩泊まったからこそ味わえる、宿泊時の重要なコンテンツの1つですよね。ありふれた食材を使うのは味気ないと思ったんです。前日に谷中を堪能してもらったお客さまに、「今後はこの地方に行こう」と思ってもらえるような、次の旅につながるインスピレーションを与えられるような朝ごはんを提供すること。それが僕らの役割だろうと話し合いました。谷中だけじゃなくて、日本全国にはまだまだ魅力的なまちがあります。地方のおいしい食事を提供することで、そういう気付きを与えられたらなと思っています。

――朝ごはんの提供を通して地域と地域がつながる。まさにソーシャルグッドですね。
たしかにそうかもしれませんね。でも僕、地方活性化とかまちづくりに貢献している感覚はあまりないんですよ。
それでもソーシャルグッドといってくれるなら、今度つくろうとしている「TAYORI」というお惣菜屋さんも、もしかすると当てはまるかもしれないですね。これはHAGI morningを通して地方の生産者の方とつながったことをきっかけに始まったものなんです。谷中は観光地化されちゃってるから、お昼ご飯を買おうと思っても売っているのは揚げものばかりなんですよ。体にいいものが食べたくなるから「じゃあお惣菜屋さんをつくるか」ということになりました。単純に「僕らが食べたいものが売られていない」という理由もあるんですけど、単純に「僕らが食べたいものが売られていない」という理由あるんですけど、結果的に住民の皆さんのためになって、なおかつ受入れてくれたらうれしいですよね。

 

地方の生産者と谷中の消費者をつなぐ「TAYORI」

――TAYORIはどんなお店にしていく予定ですか?
生産者の方々は往々にして、自分たちのつくった食材がどんなふうに食べられているかわからないんですよ。地方の食材はある意味生産者からの“手紙”だと思っているので、今度は反対に、消費する人から生産者に“手紙”が届くような機能を持たせようと思っています。

――それは具体的にどんな機能ですか?
お惣菜屋さんなのでお弁当も用意するんですが、そこに手紙を入れて、購入者が感想を書けるようにするんです。手紙を書いたらお店に設置したポストに投函してもらって、まとめて生産者の方に送ろうと考えています。“お便り”という意味を込めて、TAYORIと名づけたんです。

――すてきですね。
ありがとうございます。

――TAYORIはいつ頃オープンする予定なんですか?
6月にオープン予定です。これからSNSで告知していくつもりなんですが、今のところテレビや観光雑誌の取材を受けるつもりはありません。というのも、TAYORIは「地元の人に来てもらえるような場所にしたい」と考えているからなんです。
もちろん、今のHAGISOがたくさんの方に訪れてもらえる場所になったのは非常にうれしいんですけど、いったん外の人たちがたくさん来てしまうと地元の人たちが利用しにくくなるというのは事実なんですね。だから、まずはビラ配りやポスティングをして、半径数十メートル以内の人たちに使ってもらえるような場所に育てることから始めていこうと思っています。そのあとで少しずつ、外にも紹介していくつもりです。


 

宮崎晃吉から若きクリエイターたちへ

――最後に、これからソーシャルグッドな活動に取り組みたいと考えている若いクリエイターたちに、メッセージをお願いします。
少し前だったら世の中にニーズがあふれ返っていて、仕事は死ぬほどありました。極端な話、求められていることを単純にこなしていれば活躍できた時代だったかもしれません。だから理由や目的を真剣に考えることは意味を持たなかったんです。でも、今はそんなことを言ってる場合じゃない。昔だったらバブルの波に乗る楽しみもあったかもしれないけれど、僕らはそれを味わえないわけだから。
市場が成熟して、ニーズがある程度満たされてしまったこの時代をつまらないと感じる人もいるけれど、自分でちゃんと危機感を持てる時代になったと思うんですよ。つまり、ニーズが冷え切ったこの時代だからこそ、ニーズを掘り起こす楽しみがあると思います。そういうチャンスのある時代だというこを意識すると、面白い仕事の仕方が見つかるかもしれませんね。

――ありがとうございました。

    UPDATE:
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    宮崎晃吉

    宮崎 晃吉 Mitsuyoshi Miyazaki

    宮崎晃吉(みやざき・みつよし)
    1982年、群馬県生まれ。株式会社HAGI STUDIO 代表取締役/建築家/一級建築士/東京藝術大学 建築科 非常勤講師。
    東京藝術大学大学院修了後、アトリエ系設計事務所での勤務を経て、2011年の東日本大震災をきっかけに退社。2013年、解体予定だった東京都台東区谷中のアパート「萩荘」を改修し、最小文化複合施設「HAGISO」として甦らせる。現在はフリーランスの建築家として活動するほか、全国各地で開催されるリノベーションスクールの講師を務め、豊かなまちづくりに貢献する。